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悪は悪によってのみ認識される。
悪人のなかに悪を感知するためには、感知する者のなかにもそれに呼応する悪があるはずだということ。
悪人どうしの対話は契約として成立する。
悪人と善人に対話は成立するだろうか。善人がいるとして。
善がどんなものかは知らないが、きっと、ひどく見境のないものなのだろう。
悪がどんなものかは知っている気もするけれど、その手触りは説明できない。
私を慄然とさせ陶然とさせるのは、たとえば次のようなことがらだ。
われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。/破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。あなたのみどりごを取って岩になげうつ者はさいわいである。
(「詩篇」第137篇1,8-9)
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