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90

あなたは(あるいは、あのひとは)嫉妬しているのだ、と断じればよい。とりあえず人格的に優位に立ったと思いたいなら。
嫉妬なんて排泄とおなじくらい誰にでもありうることだろうけど。

嫉妬は憎悪より蔑まれる。かわいそうな嫉妬。

作品(あるいは、テキスト)至上主義というのは、作者に嫉妬しないための回避策――
というのは穿ちすぎかしらん。

89

「世間」を拒むのは、まあ、詩の癖といえる。
(世間って? 成長、ゾクジョウトノケッタク、信奉、エトセトラ)
拒むことはおしなべて意志である。
意志は「世間」なしに発生しない。

88

凄惨さを。

87

生きのびさえすればいいのか、生きているだけでいいのか、と問うことはたやすい。
生きているだけでせいいっぱいの人たちにそれを問うのですか。

生きているだけでせいいっぱいの人たちを呼び出す気があるなら、もういっぽ外へおいで、などと甘くささやいてもたぶん無駄。地続きなんて無意味。ぜんぜんちがう場所があることを知らせないと。
その場所へは、「もういっぽの努力」ていどではぜったいに行けないのだ。死ぬ思いで、死に向かって、飛ばないと。

「どこにもない場所」って小説むかし読んだな。

生きているだけでせいいっぱいかもしれない私に、ぜんぜんちがう場所を知らせようとしたい私がいます。今はね。

86

自由と束縛。
自由でありたいと念じるとき、その念が個人を束縛する。

女の子は恋愛によって家を脱ぎ、第一の自由を得るという。連れて行って。行き先は第二の家である。女の子は第二の自由について思いめぐらせる。それはもう何年も。連れて行って。連れて行って。

(そもそも第一の自由にウイルスのようなものが潜んでいなかったか…)

感染して、もちこたえなかった女の子のものがたり。ジュリエットのさいわいは、恋をしたことではなく、家の大人たちに対する秘密を得たことだった。修道僧のもとへひとり向かう闇路のあかるさ。

日常のありかたをふりかえれば、娼婦的なふるまいがいちばん自由ともいえる。個であることに縛られず、暴力を呼び寄せやすく、虫みたいに殺されるかもしれないふるまい。「生きていなさい」?

(なら、どうしたって美しい束縛が必要だ)

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