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いろんな歌人が短歌はほろびる、ほろびている、ほろびよ、ほろびたといった。つまり自分が短歌年表の最後に載る人物だといった。
そのあとに薄墨でれんめんと追加されてゆく、かりそめの歌人名たち。
かりそめ、と自分を呼んでみるのは、すでに霊的な存在であるようで、ちょっとやすらぐ。
詩歌にかかわる人には、自分だけの小さくて大きい神がついていることが少なくない。
歴史は常に自分で終わる。無数の歴史が枝分かれする。
神がいなければ寄る辺ない。いれば袋小路である。
いろんな歌人が短歌はほろびる、ほろびている、ほろびよ、ほろびたといった。つまり自分が短歌年表の最後に載る人物だといった。
そのあとに薄墨でれんめんと追加されてゆく、かりそめの歌人名たち。
かりそめ、と自分を呼んでみるのは、すでに霊的な存在であるようで、ちょっとやすらぐ。
詩歌にかかわる人には、自分だけの小さくて大きい神がついていることが少なくない。
歴史は常に自分で終わる。無数の歴史が枝分かれする。
神がいなければ寄る辺ない。いれば袋小路である。