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107

たんぽぽになろう――綿毛をいっぱいいっぱい飛ばす。お酒になる。

千ガロン紅茶つひやし夏にあふ幾つもの午後幾つもの午後
紀野 恵

106

船のようにねむる。ときどき目が覚める。運ばれて行ってしまいそうになる。
重い重たい錨が必要です。

105

いろんな歌人が短歌はほろびる、ほろびている、ほろびよ、ほろびたといった。つまり自分が短歌年表の最後に載る人物だといった。
そのあとに薄墨でれんめんと追加されてゆく、かりそめの歌人名たち。
かりそめ、と自分を呼んでみるのは、すでに霊的な存在であるようで、ちょっとやすらぐ。

詩歌にかかわる人には、自分だけの小さくて大きい神がついていることが少なくない。
歴史は常に自分で終わる。無数の歴史が枝分かれする。
神がいなければ寄る辺ない。いれば袋小路である。

104

目で聴くこと。
書かれたものを聴いていると思うときはたぶんいくぶんなりとも蒙を啓かれている。
書かれたものを見ていると思うときはそれを他山の石としていることが多い。おもしろいがそれだけのことである。

103

書くことは何者かへの奉仕。
何者かとは何者なのかといえば読者とか自分とか晩御飯とか文学とか理念とか凧とか神とか何者でもかまわないけどとにかく奉仕。

102

ドクロは存外なさけない顔をしている。

101

愛しつづけるために忘れつづける。わたしはあなたにつねにはじめて逢う。

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