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詩歌では答えを出してしまうこと、イデオロギーを語ってしまうことはあまり歓迎されない。
問いこそが可憐である、と。
ひとまず賛同はしておく。
が、おびただしく発されてやまない大小の問いは、精神の非常出口をふさいでしまうようにも思う。
道を開きたければ、大きな答えはペンディングしながら、要所要所で小さな答えを打ち込んでゆかねばならないだろう。
特定のイズムをあからさまに主張する詩歌が成功しにくいことを私たちは経験的に知っている。だからといって、思想が創作の邪魔になると考えるのは怠慢である。
書くことは思想を育てることだから。
思想は散文で語られるときもっとも効率よく共有できるだろう。
そして韻文も、より直感や感覚に近いところで、受け手の思想に働きかけてゆかねばならない。