« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

182

俳句より短歌のほうがみじかいんじゃないかと思うことがある。
俳句は膨大な時間の再構成であることが多く、短歌は須臾を切り取る断面であることが多いのでは、と。
往々にして歌人よりは俳人のなかから普遍性のある小説を書く人材が現れやすい(ような気がする)のは、そういう理由によるのかもしれない。

181

おべんとばこの詩型。
仕切りを動かしてごはんの量を調節しながら、きょうは何を詰めようかな。玉子焼きはいつもどおり。筑前煮。からあげ。ブロッコリ。
という具合だ、ときおり、短歌の丈というのは。

180

注目される方法。人を殺せばいい。
人から見られることを想像したいなら自分を。人から見られることを実感したいなら他者を。死体は究極の客体だから。
私はまだ見る人でいる。
無意識の内あるいは意識の内になにかを殺しながら、まだ。

…自分が客体になるなんてのはね…
(『はみだしっ子』三原順)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »