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ある詩歌を読んで「わからない」と思うのは、既知の事象と照合するからである。ある詩歌を読むときには、未知の事象との遭遇をもとめていた、はずなのに。

そのために、ひとつの作品に、ひとつかみの既知を混ぜておくことは有効だろう。ひとつかみの既知が、はかりしれない未知への細い橋を架けるだろう。

「わからない」ことを忌避するのは、「わかってない」と言われることが恥だから。そうでしょう。その種の恥は捨ててしまっても、たぶん、たいして困りはしないのに。