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254

(なおも溶けのこる悩み)

金持ちになれば解決する貧困なら
恋人ができれば解決する孤独なら
敵が罰されれば解決する怨恨なら
書かなくてよい 歌わなくてよい

253

心臓がふくらむような感動と
心臓がグシャッと握りつぶされるような感動と

252

ときとして、

てのひらの上で溶けるあわゆきあるいは舌の上で溶ける砂糖菓子、

鮮明すぎる白昼夢、

かたちがあって、かたちをうしないゆくもの、

そんなものであれ。

251

沖合を左から、右へ、タンカーが横切って進むのを見ている。
私はだんだん天動説論者になる。
恋心のようである。
恋心は天界の清浄さや地底の猥雑さを求めたりしない。
ただ遠く、遠く、水平に、身体感覚がしだいにうすくなりぼんやりあたりへ溶け入ってゆくゆめをみる。

250

幸せへの道。
自分の、だれより自分に対する説明能力の向上。

249

娼婦が信仰に目覚めて心をあらためる――そんな古風な物語をきいて、現在、信仰が1ステージ上の生活あるいは最高ステージの生活などと考えるのは別の罠に落ちたも同然であろうと考えることもできるが、彼女はそもそも“のぼる”ことではなく“変わる”ことによって救われたのではないか。変化は救済であり私たちはいつも救済という名の罠に焦がれている、というふうに。

248

誰かの、あるいは轢かれた猫、堕ちた鳥その他のご冥福なんてほんとうは祈ったことはない。
あるとすれば意思と感情をもつ遺族、関係者のためだけだ。
死者自身の冥福など想像できない。
死者はどこにも行かない。
この国では通常わずかな肉あるいは灰と骨をこの地上に残すだけ。
死者はここに残り、いる。いるけど、いない。
死はかなしくない。ただ、さびしい、さびしいだけ。

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