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アッシャー家の崩壊

名について、再び

ある人から、本名と筆名とでは何か書く態度が違う気がする、どうなんだろうか、と問われたときのコメント

名による呪術的な呪縛という考え方をする人もいますが私はそういう意味には賛成しません。
別の名に異なった人格を感じるのは、その別の名で知り合いつきあってきた知人友人との関係性とそのとき演じた役割、またその名で過ごしあるいは創作してきた時間の記憶が本来の名とは別にいわばサブ人格として囲い込まれて特定されるからでしょう。
その意味で、全然過去がない新たな名ではそういうこともないはず。
逆に特定の過去が別であれば確かにその部分は違う人間を演じてきたわけなので、その記憶の集積がある限り、別名で過ごした時間は別の人生であり、別の個性、ひいては別の才能であることになります。
本名とは別の筆名を持つことは多重人格を自己創出するようなものと私は考えています。
また二つ以上、名を持つ人というのは一人の自分という限定に満足がゆかない人なのではないかとも思います。

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