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クリティカルに

9/1、お招きいただいたのを幸い、日本ではその開催が初・さらにアジアでも初という、世界SF大会、ワールドコンの一企画に参加。
私が参加したのは「SFの中のゴシックカルチャー」というパネルディスカッション。
ほかに出演は、高柳カヨ子さん、マーク・ドリスコールさん。
司会、小谷真理さん。
とてもうまくいったパネルだったと自画自賛してみたい。
いややはりマークさんと高柳さんとそして司会の小谷さんあってのことだけど。

マークさんは、死について考えた(いわばゴスな志向の)哲学者としてベンヤミン、ハイデガー、そして西田幾多郎と京都学派をあげての指摘。
アメリカにはそうした死の哲学に対応するものがないのではないか、という批判もあった。

高柳さんはまず示すゴスの女王的衣装。
ご本人が解剖医でもある方ですが、死体のことをいくつか、そして腐ったものはゴスとしないという主張、死体は骨がよいという嗜好。

私が語ったのは「日本産ゴスとゴス的世界感受」という話。

1 ゴス的な映像としてのフローリア・シジスモンディと寺山修司の舞台写真との類似
  ↓
2 寺山修司の芝居「身毒丸」とその原作、説経節「しんとく丸」
          ←(ここ「日本産ゴス」)
  ↓
3 日本の中世とホイジンガの伝える「中世の秋」
          ←(ここ「ゴス的世界感受」)
  ↓
4 貴種流離譚としての説経節「をぐり」と「スターウォーズ」エピソード3
          ←(ここSF)

といったところですが、短時間にあわせてのこともあり、ここでいう「中世」について、ホレス・ウォルポールらの憧れ理想化した「幻想の中世」と実際の歴史研究上で想定される中世との差をよく弁別しつつ語ることができなかったため、「目からうろこ・驚き」とみてくださる方もある一方、「トンデモ?」という感想もあり。
今回の叙述による限り、その感想も正しいとは思いますので、以後、もう少々時間をかけて、ホイジンガの中世とゴシックロマンスの中世の一致点と相違点をよく提示した上で再度語りたい。

と、言っていると、今回私がパネルで語ったことをも含む

『ゴシックスピリット』(朝日新聞社刊、2400円税別)

が9/7には書店に並ぶこととなっていたのでした。
当初の予定より定価が上がったのが残念ではありますが、今回は図版が大変多く、ページも多く、さらにミルキィさんの極上装丁なので許してね。

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