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知ることの揺らぎ伝えよ

多くの場合、夢の記述そのままでは文学として鑑賞するのが苦しいものだ。
カフカがノートに書き残した夢の記録らしいものはその興味深さの点で突出するのかもしれないが、それでも連続して読んでゆくとだんだん苦しくなるところは多い。
夏目漱石の「夢十夜」からはじまる(のか?)、夢の生々しい不条理を巧みに描くのが内田百閒と島尾敏雄のいくつかの短編で、それらは巧妙に再構成されているらしく、そのことによってかえって夢のエッセンスが伝えられる。名人芸と思う。筒井康隆もうまい。
今、夢の記憶の仕方が気になっていて。

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