« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

『うさと私』と朗読のこと

2004/01/15 に
★昨年は二回も朗読会に出た。
ところで以下は2000年9月、佐藤弓生の所属する短歌誌「かばん」ウェブの掲示板に書いた朗読に関すること☆

とあって、1995年ころ、『うさと私』が谷川俊太郎氏に評され、その場で朗読することになり、非常に下手に朗読した、という記述が続く。
おそらく朗読に関連して、谷川氏評の件を示したかったのだろう。
『うさと私』刊行時の帯文「キューキョクの愛の表現。スタイル・ユニーク。」というのはこのおりの谷川氏の言葉を使わせていただいたもの。

| | トラックバック (0)

2003年全体のメモ

2003年のこと。思い出せるところ、思い出せないところ、これも覚書。(★~☆間が引用)

★2003/12/31 Wed  イノセンス

今年やったことメモ

  3/26
東京工業大学大学院社会理工学研究科博士後期課程終了
「近代日本文学における少年表象による憧憬の価値構成」
により学位取得

  6/2
長編評論『無垢の力――〈少年〉表象文学論』講談社より刊

  6/6
『無垢の力』出版記念会 於・出版クラブ会館

  6/29~7/8
オーストラリア・ブリスベンに滞在
第13回JSAA(japanese study association of australia)で、"girl power literature"に関して研究発表
また「近代日本文学における少年表象による憧憬の価値構成」に関して講義

  8/10
阿佐ヶ谷「よるのひるね」にて「みみのひるね」朗読会で自作を朗読
テクストは「小説推理」掲載、秋里光彦名義による『日の暮れ語り』 

  11/15
アナベル・フィステ 成立 佐藤弓生による

  12/13
東京庭園美術館にて「パンノミミ」朗読会で自作を朗読
テクストは「幻想文学」掲載の『青色夢硝子』

  12/20
佐藤弓生・入谷いずみ「海の歌集批評会」で雑務 於・武蔵野公会堂☆


多くの方々にお世話になった年だった。
いまどきとは思うが、あらためて御礼申しあげます。
この頃は朗読もよくやっていたことを知る。
「日の暮れ語り」と「青色夢硝子」というとりあわせは「江戸川家の方へ」と「稲垣家の方へ」といったところ。

| | トラックバック (0)

ミステリーを

たまたま今年から「幻想小説論」と「ミステリー小説論」を教えることになった。
幻想小説については武蔵野大学で伝えてきたことを敷衍するだけでよいが、ミステリーは少し勝手が違う。
だが既に一度、早稲田大学でミステリー創作講座を受け持ったことがあり、やはりその線でゆくことにする。
つまり江戸川乱歩中心主義ということ。
ひとまず当時を思い出しておこう。以下を覚え書とする。(★~☆間が引用)

★2003/12/04 Thu  かっ飛びオランダ野郎

今年も講義要項を提出する時期がやってきた。

昨年、早稲田大学の「ミステリ講座」に用いた要項から抜粋。

「近代人の内面」を長らく第一義的主題としてきたいわゆる純文学が、切実ではあってもそうした実存に規定されるわれわれの「外」を見せることに積極的でなかったとすれば、広義のミステリは「内面への共感」ではなく「変わったできごと」への好奇心をもとに書かれたものと言える。☆

とはいえ今では、「謎」を語るには純文学の方がより一層適しているのかも知れないという気もある。
ただその面白さがミステリーの読者の眼に届かないという場合もあるかもしれないが。

| | トラックバック (0)

よい題名

よい題名というのはいつも考えているがなかなかこれとは決めがたい。
かつてあげた例などまとめてみた。(★~☆間、引用、まぎらわしいのでタイトルは略)

★2003/12/06 Sat

以前、藤原龍一郎氏の掲示板に書いたいい題名シリーズ

幻想・現実嫌い・生の心許なさ系題名ベスト3

日々の泡  (ボリス・ヴィアン)
        ←「うたかたの日々」の訳題もあるがいまいち
世界の果てに連れてって  (ブレーズ・サンドラール)
十月はたそがれの国  (レイ・ブラッドベリ)

2003/12/08 Mon

いい題名シリーズ 2

大島弓子題名ベスト3

夏のおわりのト短調
おりしもそのときチャイコフスキーが
リベルテ144時間

2003/12/09 Tue

いい題名シリーズ 3

江戸川乱歩題名ベスト3

目羅博士の不思議な犯罪
      ←後に「目羅博士」と改題、だがこっちの方がずっといい
押絵と旅する男
闇に蠢く

2003/12/22 Mon

いい題名シリーズもう少し続けます。その4

稲垣足穂題名ベスト3

懐しの七月
電気の敵
星は北に拱(たんだ)く夜の記

2003/12/24 Wed

いい題名シリーズ 5

三島由紀夫題名ベスト3

癩王のテラス (戯曲)
月澹荘綺譚 (小説)
薔薇刑 (写真集)

2003/12/25 Thu

いい題名シリーズ 6

最近の純文学新人題名ベスト3

サイドカーに犬  (長嶋有)
クチュクチュバーン  (吉村萬壱)
蚤の心臓ファンクラブ  (萩原亨)

ここで書かれた「最近」とは2001年5月現在のこと。
なお、上の三作は、それぞれ新人賞の二次予選通過作品として文芸誌に掲載された中から、これ題名いいね、と言っていたもの。
その後、三作品ともそれぞれ新人賞を受賞した。

また、この半年前、私は「文學界」で新人月評というのをやっていて、そこからの反映が次のとおり。つまり2000年の純文学から。

半年前の純文学新人題名ベスト3

スッポン (大道珠貴)
もどろき (黒川創)
ゆらてぃく ゆりてぃく (崎山多美)☆

今見直してみてどうか。よくわからない。気になる題名、と言うほうがあたっているかもしれない。
それと「よい題名」と「よくアピールする題名」とは違うらしいとも思う。


| | トラックバック (0)

先達のこと・20年早く生まれたかったこと

澁澤龍彦(1987年逝去)
中井英夫(1993年逝去)
後藤明生(1999年逝去)
久世光彦(2006年逝去)
山口小夜子(2007年逝去)
川村二郎(2008年逝去)

上の方々に『抒情的恐怖群』(2009年刊)とそれ以降の小説を御覧いただきたかった

| | トラックバック (0)

『書物の王国 6 鉱物』・山口小夜子さん

『書物の王国』第6巻「鉱物」1997年、国書刊行会刊。

収録作品は以下。

「石の夢」 澁澤龍彦
「貝の火」 宮沢賢治
「水晶物語」 稲垣足穂
「異石」 杜光庭『録異記』、岡本綺堂・訳
「石髄の話」 葛洪『神仙伝』、飯塚朗・訳
「狐の珠」 戴孚『広異記』、前野直彬・訳
「石を愛する男」 蒲松齢『聊斎志異』、増田渉・訳
「巡礼のひとりごと」 ヴォルケル、栗栖継・訳
「石の女」 ピエール・ド・マンディアルグ、生田耕作・訳
「食べる石」 種村季弘
「産む石」 種村季弘
「石中蟄龍の事」 根岸鎮衛『耳嚢』、須永朝彦・訳
「懐中へ入った石」 『梅翁随筆』、須永朝彦・訳
「動く石」 柴田宵曲
「室の中を歩く石」 田中貢太郎
「サファイア」 寺山修司
「水晶の卵」 ウェルズ、小野寺健・訳
「博物誌より」 プリニウス、佐藤弓生・訳
「フィシオログスより」 作者不詳、梶田昭・役
「雲根志より」 木内石亭、須永朝彦・訳
「鉱石倶楽部より」 長野まゆみ
「白描・白描以後より」 明石海人
「青色夢硝子」 加藤幹也
「馬鹿石、泥石」 サンド、篠田知和基・訳
「妖気噴く石」 石上堅
「クマルビの神話」 矢島文夫
「岩」 オマハ族の歌、金関寿夫・訳
「石の花」 日野啓三
「石の言語」 ブルトン、巖谷國士・訳
「鍾乳石」 ガスカール、有田忠郎・訳
「黄銅鉱と化した自分」 池澤夏樹
「断片・続断片より」 ノヴァーリス、飯田安・訳
「石」 西條八十
「ファルンの鉱山」 ホフマン、種村季弘・訳
「山の親方」 バジョーフ、佐野朝子・訳
「青晶楽」 塚本邦雄
解説・責任編集 高原英理

内、「青色夢硝子」は自作。
澁澤龍彦のアンソロジー『暗黒のメルヘン』での当人による解説の言葉「編集部のすすめで拙作『マドンナの真珠』をも収録したが、これについての解説は省略させていただこう」のように記したかったのだが、編集部はすすめてくれなかったので、一見別人のようにして収録することにし、解説も日野啓三の作とあわせて一言ですませた。
なお、当サイトのプロフィールにも書いてあるが
2002年
◆池上本門寺主催公演「満月の十三祭り」第三章「山口小夜子 月かがみに遊ぶ」の朗読テキストに小説「青色夢硝子」が使用される。
踊り・朗読:山口小夜子・唄:ミネハハ・演出:天児牛大

上の催しのため、ある日突然、山口小夜子氏のご希望で、として朗読用テキストの依頼があった。
しかも山口氏は「幻想文学」に掲載された初出版で憶えておられたという。
「満月の十三夜」とはいうものの、当日はあいにくの小雨模様で、しかし予定通り開催された。
細かい雨にかすむ中、朗読し踊る山口氏の姿は優れて幻想的であった。
まだそういうご年齢でないのにお亡くなりになったのが残念でならない。

| | トラックバック (0)

書物の王国編纂のこと・第16巻「復讐」の選のこと

(★~☆内当ブログからの引用)

★2003/11/25 Tue  流謫王

国書刊行会刊のアンソロジー・シリーズ「書物の王国」は、2000年、最後の巻「復讐」が配本された。このシリーズは各巻それぞれ一人の責任編集により収録作が決定されてきたが、最終巻だけはそれまでの選定者全員の意見をつのることとなった。
編集長からの依頼を受けて私が送付した候補作が以下。

「書物の王国」――復讐――候補作  高原英理・選  2000/03/16

1 コナン・ドイル    「サノクス令夫人」(新潮文庫)
2 塚本邦雄       『遊神図』より「火の鏡」(文芸春秋刊)
3 シオドア・スタージョン「考え方」 (『一角獣多角獣』
                            早川書房刊)
4 シーベリー・クイン  「呪いの家」 (月刊ペン社刊
                      『恐怖と幻想』何巻か忘れた)
5 南条範夫       「復讐鬼」(確か旺文社文庫で読んだ)
6 小酒井不木      「手術」 (立風書房
                      『現代怪奇小説集』1か?)
7 クック(名の方忘れた)「魔の配剤」(ソノラマ文庫)
8 江戸川乱歩      「踊る一寸法師」(講談社版全集その他)

この中から採用されたのが「サノクス令夫人」と「復讐鬼」だった。☆


「書物の王国」全20巻は1997年、国書刊行会の礒崎編集長の発案で始まった。
第6巻「鉱物」の巻だけ、すべて私が作品選定した。
礒崎編集長の当初の意向では選定は数人の合議として選定者の名は示さない方針だったそうだが、ある程度他の意見も反映することはあるものの、特定の巻の作品選定は誰か一人が行なうことがほぼ基本となったので、それに対応すべく、最初のページの「『書物の王国』編纂委員会」の下、選定者の名に*印をつけて、責任編者をあきらかにした。
ただ、その最後の配本となった第16巻「復讐」だけは全員の意見をある程度均等に募ることにしたという。
結果は上のとおりだが、この巻に対して、他の多くの巻を選定した東雅夫氏はやや消極的で、「復讐なんて興味ないし」というようなことを言っておられたように記憶する。とはいえ、おそらくそれでも何作かの作品を推薦しておられることとは思う。
他の方の意見はどうであったか知らない。

| | トラックバック (0)

墓地にちなむ

昨日記した「墓地派」というのはこれ
日本ではトマス・グレイの「墓畔の哀歌」がよく知られている。メランコリックで「何をやってもいずれ人は死ぬ」的な諦観に満ちた淋しい静けさを描く詩として愛されているとのこと。
ただ、グレイ以外の墓地派詩人は諸行無常な雰囲気よりも怪奇趣味の方を主とするものが多いようで、またより誇張が多く、執拗である。ロバート・ブレアの詩「墓」はポオの「アッシャー家」を詩にしてもっとくどく大げさに詠嘆的にした感じ。

こうした話題に関して面白い見間違いが一昨日、自分にあったが、作品にすることにしたのでここには書かない。

| | トラックバック (0)

死とメランコリーの気分・バウハウスにちなむ

なんとなく感じる時代の空気について。(★~☆が過去の当ブログからの引用)

★2003/11/23 Sun  ベラ・ルゴシズ・デッド

20年前は街のどこかで楽しいことが行われているっていう感じがあったけど、今は街のどこかで誰かが死んでいる感じがある。
でもそれもなかなかいいか。☆

この記述は題名もちょうど内容に適合している。「ベラ・ルゴシズ・デッド」はバウハウスの代表曲で、ポジパン、ゴシックロックの出発点、ともいえるか。英国墓地派の再来のような世界、と思ったこともあるが正確にどう言われているかは知らない。ともかく死とメランコリーを歌ったひとつの達成と思う。
今夜も街のどこかで誰か死んでいそう、と感じ始めたのは1990年代終わり頃からでないかと思う。
他の人はどうか知らないが、そんな記憶がある。それもなかなかいいか、とまでは最初思わなかったが、こう記したときには、その気分がこの先の自己の著作に反映することをはっきり予感していた。
これがより強調されて『ゴシックハート』『ゴシックスピリット』になり『抒情的恐怖群』の諸作になった。
とりわけ「グレー・グレー」と「町の底」はそういう気分から書かれた。

| | トラックバック (0)

群像新人賞についての記事で訂正すべきこと・川田宇一郎の近刊

群像新人賞についてもうひとつ。以下★~☆間引用

★2003/11/18 Tue  水晶狂い

最近
(2001年11月1日の記録による。なおこの年、佐藤弓生は角川短歌賞を受賞した。私は96年に群像新人賞優秀作となっている)
   見つけたおかしい話

「公募ガイド」から佐藤に「受賞者紹介記事」の依頼があって見本誌今月号をもらってきた。
「群像新人賞」のところ見てみたら、囲みに群像新人賞出身作家・評論家の名が列挙されていたのだが、その紹介が
「本賞から排出した作家」

わしらウンコか!☆

上、正しくは「輩出」であるのは言うまでもない。この記事の掲載された「公募ガイド」はどこへ行ったかよくわからない。なくなったとしたら残念だ。
いや、それより「公募ガイド」は今も刊行されているのだろうか。
上にあるとおり自分は1996年第39回群像新人文学賞評論部門優秀作、なのだが、一時、受賞作品の題名「語りの事故現場」が「語りの自己現場」と誤記されていた。現在は大方直っているがまだ一部未訂正のものもある様子だ。
正しくは「事故現場」なので、もし間違いを見つけた方はどうか訂正お願いします。

それと、Wikipediaの「群像新人文学賞」を見ると、第39回は

小説部門 第39回(1996年) 当選作なし 優秀賞 堂垣園江 「足下の土」
評論部門 第39回(1996年) 当選作なし 優秀賞 川田宇一郎 「由美ちゃんとユミヨシさん 庄司薫と村上春樹の『小さき母』」、高原英理 「語りの事故現場」

となっていて、評論部門は正しいが、小説部門に重大な間違いがある。
この回、当選作はなしではなく、鈴木景子「やさしい光」が当選作である。
ここには、記事内容に関係のある私からの編集書き込みはできないので、やはりどなたか、志ある方に訂正していただけることを希望します。
この記載のせいで、今もかなり多く、群像新人賞第39回の小説部門を「当選作なし」とした記事を見かける。

なお、評論部門は上のとおり、当選作はなしの優秀作二作。この回は、小説当選一作・優秀一作・評論優秀二作、という大変盛大な回で、四人が受賞・優秀作だった。

さらにもうひとつ、私とともに優秀作を認定された川田宇一郎が、近く、遂に単著を刊行することになったのでここでもお知らせします。
川田くん、おめでとう。

『女の子を殺さないために 解読「濃縮還元100パーセントの恋愛小説」』川田 宇一郎 (著)
ISBN-10: 4062175207  ISBN-13: 978-4062175203  発売日: 2012/3/1

目次 は以下のとおりとのこと。

第一章 村上春樹
●男の子はつらいよ
●「ゲーム」で「人工的」でいまいましい小説とはどういうものか?
●そしてハートフィールドの謎解き
第二章 古井由吉
●なにはなくとも幼なじみ
●女の子が前を歩いて男の子が導かれること
第三章 川端康成
●「キャラクター」として可愛がられる「薫くん」
●『赤頭巾ちゃん』と『ライ麦畑』
●カオルクン的気持よさの発見
●ラブコメと川端康成
●「薫」という名前のメッセージ
●文芸評論の自己愛 
第四章 庄司薫
●女の子を必要としない物語ってなんですか?
●1969年の逃走論
●キャラメルママとエレクトロニック・マザー
●「ママ」を「ママ」らしくさせないために
第五章 坂口安吾
●女の子が死ぬのは、泣かせるため?
●女の子が歩くと落っこちること
●女の子は落ちることにより「ママ」から抜ける
●池の下の雲
●「由美ちゃん」の誕生
●物語論の底へ
第六章 柴田翔
●セックス=女の子が落ちること
●石原慎太郎によるセックスの二つの区別の発生
●崖の上の娼婦
●終わりに……嫌われるために

| | トラックバック (0)

群像新人賞、さまよえるオランダ人、死ぬより生きよ

翌日の記述

★2003/11/16 Sun  モボ

とある新人賞の一次選考を(数は少ないが)やったことがあって、現在の小説の書き手がやってはいけないことをそのとき強く意識した。
たとえば、単なる研究レポート禁止、「うたかたの恋」禁止、教育理念吐露禁止、寓話禁止、単純ドッペルゲンガー禁止、白血病禁止、いきなり教会で懺悔禁止、むやみな癒し禁止、中年以後の過去振り返り旅禁止、……など。☆

その翌日

★2003/11/17 Mon  ボンサンス

ヴァーグナーの楽劇「さまよえるオランダ人」というのは英語では「The Flying Dutchman」となるのだが、私はこの英題を見るたび、全然内容も知らない人がこれをさらに日本語訳した場合の題名を想像する。
「かっ飛びオランダ野郎」っての。☆

新人賞の一次選考というのは群像新人賞のこと。確か一度、「これは村上春樹に似すぎていてちょっとどうかと思うが、でもなんか面白い」ということで態度を決めかね、選外のような形で報告した作品が優秀作となった記憶がある。ただ上にあるようにそう多くは見ていないし、二、三回で一次選考の仕事は辞退した。以後やっていない。意外に大変だったからだ。だがいろいろと参考にはなった。
「さまよえるオランダ人」が「The Flying Dutchman」を経由して「かっ飛びオランダ野郎」ともなるという翻訳のおかしさは今も悪くないと思っている。これを思いついてしばらくの後、たまたま翻訳家の金原瑞人氏とお話しした機会に披露してみたら喜んでいただけた記憶がある。
「ワーグナー」「ヴァーグナー」は「ヴァークナー」の方が原音に近いとも聞き、以後そのように書くようになったが、いずれにせよどうしたところで原音と同じにはなりえないので今ではどうでもよいと思う。

少しはしゃいだ書き方をしようとしていたようだ。この程度の期待感のようなものは続けて書く上に必要な気はする。とはいえそもそもここで書く必要なんてない。そこを敢えて続けてみようと思ったことも「死ぬより生きるほうがよい」という意見の方向を認めるなら、よしとせざるをえない。

| | トラックバック (0)

『無垢の力』刊行、オーストラリア滞在、避暑、『ゴシックハート』執筆

このブログを始めたのが2003年11月15日だが、どうしてこの日からなのかは憶えていない。
ブログに何を期待していたかもよくわからない。
最初はこんな記述なのだが(★~☆間が引用)

★2003/11/15 Sat  あも

『無垢の力』出版後はオーストラリアへ行ってみたり友人の別荘で由緒正しい避暑をさせてもらったり。あと自分ってずいぶんゴスなもの好きだな~と考えていたら一冊分書けてしまったのでそのうち本にしますかも。☆

オーストラリア行は『少女領域』を読んだオーストラリアの大学の教授からの依頼による。公費で一週間ほど滞在した。後に必要のさいの履歴には以下のように記した。

高原英理 girl power literature テーマ Innovation and Resistance
2003年7月 13th biennial conference of the Japanese Studies Association of Australia
場所 オーストラリア - ブリスベン、クイーンズランド工科大学

友人の別荘というのは当時、当人の希望で名を伏せた。

『無垢の力』刊行は6月、またそれとともに出版記念会を催していただいた。
上で、一冊書けてしまったという『ゴシックハート』は2004年に刊行された。

| | トラックバック (0)

蛇の道

今、小休止がてら一筆。
ここまでをテキスト編とする。
次からタイトルの方式も変える。
飽くまで空いた時間の戯れだが、
題名どおりの記憶測定を近く始める。

| | トラックバック (0)

ナウ・オン・正字

1  実作者に綺麗ごとなし。
2  読者が小説に素敵なものを見いだすことはできるかも知れないが本質的に素敵な作家はいない。
3  作品を離れた作家のよいイメージは周囲の人が作ってくれたもの。
4  ありもしないお洒落作家なんてのの宣伝はそうしたイメージに無縁の作家に迷惑だ。
5  作者なんてどうでもよい。作品だけでよいではないか。
6  これで人気は難しそう田舎くさそう鈍くさそうな作品であってもそこそこよく読まれる状況が望ましい。

今のところ、以上。
この先、誰かと話していて、あるいは何か読んでいて、あ、やっぱり違った、と思ったときは上、どれでも訂正します。

| | トラックバック (0)

いと高きところに干さな

↑ 関西の人がミサ曲の一節を聴いたときの解釈……のひとつ

| | トラックバック (0)

キンモー星

お洒落むずかしいよね。キンモーって言われるほうが簡単だ。って誰が望むか。

| | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »