« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

映画「マンク 破戒僧」

ここしばらくはゆえあって過去に関することしか記さないのだが本日は例外とする。
マシュー・グレゴリー・ルイス原作の「マンク」の映画化作品をシアターN渋谷で見てきたので短くいくつか。
ドミニク・モル監督、アンヌ=ルイーセ・トリヴィディク脚本、ヴァンサン・カッセル主演。→
私は昼メロと呼ばれるイメージの愛欲恋愛ものが大嫌いなので、これもエログロ風味の愛欲ものにされていたら嫌だなあと思っていたら、監督・脚本家もどうも私と同じ志であったようで、まるで自分がプロデュースしたように作りたいところが一致した作品になっていた。見たくないと思うような展開のところはすっきりカットされている。
私から言わせると実に志が高く格調高い。
それは原作ではただ「堕落する」としか言えない修道士アンブロシオの行いを、飽くまでもこいつだけが駄目だったのだ、というような物語にせず、むしろ人間だれでもありうる運命的な悲劇のひとつとして描いているところにある。
つまり普遍性があるのだ。あたかも「オイディプス王」などのギリシア悲劇を見るような展開になっている。確かにアンブロシオは欲望に動かされてゆくが、しかしそれがどうも逃れようのないもののように描かれており、いかに最悪のところまで行き着き、いかに堕落はしても、最後まで彼自身の人間としての、もはやそれを尊厳とは言えないのかもしれないがしかし何らかの尊厳のようなものはなくならない。彼を軽蔑するよりはむしろ、生きることそのものが不条理な苦行なのだとさえ思わせる。
私は、単なる愚か者・欲望に我を忘れて後先考えない者に同情しない。そういう鑑賞者から見て、決して切り捨てられない存在としてこの映画「マンク」でのアンブロシオはある。
むろんゴシックロマンスらしい陰惨さも忘れられておらず、火事で顔を焼いてしまったからとして仮面で現れるバレリオの、佐清もかくやといわんばかりの気味の悪さや修道院のガーゴイルなどが印象深い。
ただ、怪奇だが、ホラー映画的な恐怖追求は二の次になっていて、その意味でもわれわれが感じるところのゴシックロマンスの読み方に近く、しかもその最もよい読み方の一例となっていると思う。
さらに、ラストは原作を踏襲しているとはいえ、その意味が原作にない、大変深いものとなっていて、ここで一転して神とは人とは悪魔とは、と考えさせられるものとなるのだった。
とても気に入った。この間、原作も国書刊行会刊行のベスト3に入れたところだが、この映画も原作に劣らない名作として勧めるものである。

| | トラックバック (0)

2006年の主な執筆に関する回想

こんなこともやっていたという覚え書き。 2006年12月31日 (日)の記から(★~☆)。

【雑誌系】

■怪談専門誌「幽」に「記憶/異変」第5・6回を連載。

■フリーペーパー版「早稲田文学」誌に「リテラリー・ゴシック」02~07を連載。

■ゴシックカルチャー研究会編「コムニオ」誌の第3号以後、監修をひきうける。

■「彷書月刊」誌3月号「特集 アドニスの杯」にエッセイ「遠い記憶として」を掲載。

■「群像」誌5月号に小説「石性感情」を掲載。

【単行本系】

■『ゴシックハート』三刷となる。

■Rebecca L. Copeland, edition 『 Woman Critiqued : translated essays on japanese woman's writing 』(2006 University of Hawai`i Press)に『少女領域』序章が翻訳の上収録される。

■東雅夫編『猫路地――猫ファンタジー競作集』(日本出版社)に秋里光彦名の小説「猫書店」収録。

■巽孝之・荻野アンナ編『人造美女は可能か?』(慶應義塾大学出版会)に批評的エッセイ「ゴシックの位相から」収録。

■一柳廣孝・吉田司雄編「ナイトメア叢書」(青弓社刊)の第2巻『幻想文学、近代の魔界へ』にエッセイ「ロマンティシズムの継承権」収録。

■二階堂奥歯著『八本脚の蝶』(ポプラ社)巻末に回想「主体と客体の狭間」収録。

■矢川澄子著『「父の娘」たち』の巻末解説を執筆。

■高根沢紀子編『現代女性作家読本⑦ 多和田葉子』(鼎書房)に評論「『三人関係』――名称先行主義宣言――」収録。

「リテラリー・ゴシック」は後に大半を『ゴシックスピリット』に収録したが、最後のフィクションの部分は別の形にしようとして残したまま今に至る。
これまでの「コムニオ」は総集編「コムニオ・コフィン」によって全号が読める。
「遠い記憶として」「ロマンティシズムの継承権」「『父の娘たち』解説」は『月光果樹園』に収録。
この頃が批評を書いていたほぼ最後の時期かと思う。
テクストに沿った行儀のよいコメント的な仕事に限界が感じられ始めたのもこの時期だったと思う。

| | トラックバック (0)

ときおり80年代についてふりかえる

もう何度も書いているが、80年代に関する考え、いくつか。2006年11月2~8日にかけて。(★~☆)

宮沢章夫の『東京大学「80年代地下文化論」講義』という本を見つけて昨日買ってきた。
90年代になってすぐ、おたく系と保守系からさかんに「80年代はなんにもなかった、スカだった、クズだった」というルサンチマン丸出しの発言が出続けたけど、そりゃあんたたちにはなんにもいいことなかっただろうよ。
が、そういう恨みつらみもそろそろどうでもよくなってきたみたいであるし、宮沢氏みたいに「でも俺にはいい感じもあったんだけど、なんだったのかな」的分析も始まってよいと思います。
ただご当人も、どうよかったのか、どうかっこよかったのか、とても説明に困っておられる様子だった。自分的にすごーくよかったことって伝えにくいね。

この先も思いついたときに80年代の自分の憧れと嫌悪を考えてみたいと思う。
なお私はケラリーノ・サンドロビッチ氏の映画「1980」の視点は全然納得できません。
ああいうのなら往年のおたくさんたちに切り捨てられても仕方ないと思う。
2006年11月 2日 (木)

80年代についてもう少し。
あの頃、一番の問題だったのはヘテロセクシュアルの男性なら「女がいるか」ってことだったんじゃないのかな。それが絶対ありえない男を「おたく」と認識していたふしもある。
ダサくてもカップルになれた人々はいたはずだし、それが当人同士この相手で満足と思う限りは外部の価値観は気にならなかったはず……というのはやはり建前で、カップルであっても「美しい日々に生きる自分たち」を演出したかったのではあっただろうけれども。
でも私は、吾妻ひでおの『翔べ翔べドンキー』という漫画で、男性が一生懸命イケようとしてるのに対してドンキーとよばれる可愛いがドンくさい女の子が「いっしょにいるだけで楽しいけどなー」と言い、相手もふとそこで力が抜ける、という展開がよかったなと今思ったりしています。映画「アメリカン・グラフィティ」の後半にもそういう場面がありましたね。
ただ『翔べ翔べドンキー』は、確かめてみると1980年になってすぐくらいに出ている漫画なので、まだその頃は縛りが緩くてそういったほのぼのした展開を許容できたのかとも思える。80年代的序列化に目を眩まされてくるとそんなの発想できなかったかも。
(この件、もう少し考えるとけっこうおもしろくなりそうなのでいずれ使おうと思う)

飽くまでもそういう過去と比較してみるとだけど、ともかく相手がいるという形はある程度クリアしたとして、それを80年代的なファッション煽動と無関係に描かれる、現在のユートピアが『のだめカンタービレ』と思う。
『のだめカンタービレ』で嬉しいのはいつも可愛い服着てるけど、それが80年代以前の「ジャンパースカート」(今もあるのか?)だったりするところ。
それと、のだめ自身の「わたしってどうよ?」的自意識を全く描写しないため、作内でも語られたように動物のような描かれ方をしているところでしょう。

今回はどちらかというと80年代のマイナス面のことになってしまった。いやそれだけじゃない話はまたいずれ。
2006年11月 5日 (日)

昔、池袋西武百貨店の12階にはセゾン美術館というのがあってその横にアール・ヴィヴァンという美術書店があった。
そこでフランスの「オブリック」とかいう、雑誌らしいんだけど厚くて布装の本の、ハンス・ベルメール特集を買ったあたりから私の80年代は始まった気がする。
アール・ヴィヴァンにはけっこう行った。画集もちょいちょい買った。行き初めの頃、たいていブライアン・イーノの「ミュージック・フォー・エアポート」が響いていた。

ずっと後になってセゾン美術館は閉鎖、アール・ヴィヴァンもなくなった。そのへんから90年代的なものが始まったような気がする。
2006年11月 8日 (水)

今となってはそれほど気にもならないようにも感じてしまうので、この先、80年代を問題とした批評は書かないと思う。
フィッツジェラルドみたいに、ある突出した時代を舞台にした小説が書けたらよいなとは思う。

| | トラックバック (0)

自分の態度についての指針

2006年10月 1日 (日)の記事から(★~☆)

よくTVでの街頭アンケートやインタビューに答える素人の人が、何か意見らしいものを言った後、自分で「うん」と返答をしてるの。とか。
おばさんに多いのだが「わたしって……だからさぁ」などと言った後、自分で大笑いしてるの。
小説の地の文で「そう、それは」と語り手の一人合点の語である「そう」を冒頭に多用するの。
こういうことって自分ではしたくないと思うのですが、しかしね、いきなり街頭アンケートされたら「……なんだよ、うん」とか「私は……ですからね、わっはははは」とやってしまいそうで怖い。
文章での「そう、それは……なのだ」とかは控えてるけど。

ところで、マスコミに素人としてのかかわりは持ちたくないものですね。インタビューとかであれこれうるさく言ってくる映像系マスコミには中指を立てて見せれば放映はできないだろうから即あきらめるのでは?

書き言葉の地の文に「そう、」という一人合点を入れるのは私としては大変やりたくないことなのだが、ところが、「それ、それだ」といった独言の口調ならよい。「そう、」という言い方には聞き手の同意を当然のように求めているという含みが感じられて、それが不純である。同意なんか期待しないものとして語れば清清しい。
つまり明確に内的独白ならよくて、誰かに向かって語る口調になっている中で一人合点、というのが見苦しく思えるのであった。
マスコミといっても一概に言えないが、とにかくTVの街頭インタビューだけは本当に見ていて嫌だ。インタビュアーが言わせたいことだけを編集している。だから今も中指立て賛成である。

| | トラックバック (0)

80年代的サラリーマン差別発言の記憶

血液型の話とは全然違うけれども、これもなにか、「70年代までのサラリーマン的行動様式様式差別」のひとつが作ったものであるような気もするので、参考程度に以下、 2006年10月 3日 (火) の記事を引用(★~☆)。一部訂正編集。

遥か大昔、浅田彰氏が「スキゾとパラノ」と言っていたころのこと。
同氏は「自分はどうしても親がサラリーマンの子たちとは合わなかった」という経験をもとに「自分はスキゾキッズで彼らはパラノイアだ、でもパラノイアにはもう未来がない」といった内容を語っていたことを思い出す。
でもさー、医者の息子であった浅田氏の言うそれって性格の差ではなくて、階級の差だったんじゃないの?
左翼と自認する人は今は貴重だと思いますが、しかし左翼なら、階級差で説明のつくところを自分の資質(が選ばれているという自認)で説明するのはやめないと。
なんてことを20年も経ってから今更ですが、思います。

このときは題名がちょうど「リーマンの素数公式」で、わかる人にはわかるしゃれになっていた。
今も上の考えは変らない。
大学入学当時の自分は、文化人として出てくるようなインテリ左翼のほとんどが中産階級以上の出身で、自分はいい暮らしをして尊敬されながら体制批判をして見せて高度資本主義的に金儲けをする人たちであることを知らなかった。
浅田彰氏の『ヘルメスの音楽』は今も好きな著作だが、これはある程度以上の金持ちでないと書けない上等の趣味の本だ。その限りでとてもよい本だが、浅田氏の発想や嗜好はブルジョワ左翼の典型でしかないし、楽しむためにはよくても社会事情を考えるためには役立たない、というより、害悪になる。
正しさを語るふりをしながら正しさより素敵さを愛させてしまうからだ。
だからかつてはドブネズミとまで言われもした「日本人サラリーマン的心性」を浅田氏が軽蔑したのは当然だ。
80年代は、十分によい文化環境にない人たちを見苦しいと軽蔑してみせれば商売になる時代だったのだなと今更思った。

| | トラックバック (0)

また見かけた血液型人間学について

先日、またも血液型によって人の性格を分類する記事を書いて金を得ているらしい人の記述を見て嫌になったので、以下に、かつて書いたそれへの批判を再録する。一部訂正編集。

2006年10月18日 (水) の記事(★~☆)。

血液型人間学を信じるかどうか以前に、たとえば日本では一番多いはずのA型の性格として
「堅実で几帳面で心配性で発想の飛躍がなくて大胆さがなくて予定通りが好きで堅苦しくて視野狭窄になりやすく信頼はできるが本人はいつも小さくまとまって不満そうな小物」
っていうようなキャラクター(確かにいるな、こういう人)をあてがわれて喜ぶ人の顔が見たい。
そういうつまんない役割を仕方なく全うしなければならないことがこの社会には多くて、見回せば日本にはA型が多いから、理由と結果を逆にしてA型は上のような性格って言い出した人がいるだけでは?
たとえば人は立場がよくなればなるほど約束の時間に遅れても許されるから、そうなるとルーズが常態になりますね。
つまり、その血液型分類とやらで言うとすれば、社会的地位の高いA型はA型でない。

たいていの占いはそれを聞き・読む全員が信じるわけではなくまた当たるも八卦当たらぬも八卦というのが常識となっているし、何より運命はすべて決定済みではなく、なんとか未来には変化も期待できそうだという暗黙の了解があって、ときどきによって占いの結果も変わるものとして受け取られる。
しかるに血液型人間学というのは先天的で一切変更のありえない(脊髄移植によるものすごく希少な例外はあるらしいが)血液型という身体上の違いをもとに行われる不当な差別である。
そしてこれによって収入を得るとすればそこで語られる表現がいかにやわらかくとも、それは差別ビジネスである。
こういう仕事をしている人を、私は軽蔑する。

| | トラックバック (0)

『女の子を殺さないために』刊行記念5/5

珍しく人前に出ることになったので、お知らせ、以下

5月5日(土)19:30~ 池袋ジュンク堂
川田宇一郎(評論家)+栗原裕一郎(文筆家)+高原英理(作家)
『女の子を殺さないために』(講談社)刊行記念 「幼なじみを探して 庄司薫と村上春樹 etc.」
くわしくは→

上は川田宇一郎さんの新刊を栗原裕一郎さんと語るという催し。
川田・栗原両氏の対談がメインで、私は司会です。

| | トラックバック (0)

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »