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『抒情的恐怖群』各作品成分分析

作者が自作を語るのは、とかなんとか固いことを言わず、ある遊戯の記憶として。
これをネット上に公開するのは初めてである。以下。

     ↓

『抒情的恐怖群』各作品成分分析(当社比)  2009/06/05

         抒情度/恐怖度

「町の底」    20% 80%
「呪い田」    10% 90%
「樹下譚」    70% 30%
「グレー・グレー」90% 10%
「影女抄」    80% 20%
「帰省録」    60% 40%
「緋の間」    50% 50%


         怪談度/ ゴス度

「町の底」    50%  50%
「呪い田」    90%  10%
「樹下譚」    40%  60%
「グレー・グレー」 0% 100%
「影女抄」    20%  80%
「帰省録」    60%  40%
「緋の間」    70%  30%

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『抒情的恐怖群』の思い出(2)

もう少し続ける。刊行後の反応・評価なども含め(★~☆間)、多少編集済み。

2009年6月23日 (火)
そのときの都合で気になっていることって、自分の場合、全然テーマにならない。
というより自分の意見とか主張とかってフィクションを書くときには無用無駄邪魔。
そういうのが無意識に潜った頃、微妙な形で出てくるのは面白いんだけど。
思いつめて続けるテーマもそのままではあんまりうまくゆかない。
不意打ち的に、あ、これ、という思いつきに沿って始める、続ける、のが一番面白くなる秘訣、自分の場合。
そこでは語る「私」の重みをできるだけ減らすのも秘訣。

今月出た東京創元社の「ミステリーズ!」35号で、翻訳家・エッセイストの宮脇孝雄さんが『抒情的恐怖群』を評してくださった。
末尾では泉鏡花との比較まであって、心からありがたい評だった。
そこで宮脇さんは、私の今回の短篇の中、

「面白いのは、とても影の薄い、月光のような『幽霊の一人称』とでも呼びたくなる『私』の視点で語られた一群の物語だ」

とご指摘である。
「幽霊の一人称」という語はよく記憶させていただこうと思った。

2009年6月25日 (木)
古い日本家屋の、といっても由緒のあるものでなく、特別に時代がかった場所でもない、和式木造一戸建ての家に小さい裏庭などあると、そしてそれが植物の影で狭く薄暗く、古いちまちました造りにマンションやアパートにはない細部が見られたりすると、半日くらいその物陰にしゃがみこんでいたい気がする。
これって、妖怪心?

『抒情的恐怖群』をめぐるインタビュー、「トーキングヘッズ叢書39号 特集カタストロフィー」に掲載されました。

2009年7月30日 (木)
ここしばらくの自分の記述に共通なのは、フィクションあるいは詩的な何かを書こうとするにおいて自分は自分の意識を信じない、ということのようだ。
ただ、コンシャスネス、といえば方向性が常に決まっているものとしての意識だが、私の場合、視線はあっても方向性の乏しいような意識はよしとする。
まるで無意識では表出できないし、といって、強い自己主張を持った明確な意識のままでは自分の場合、小説には無力、ということが長くかかってようやくわかってきた気がする。
この微妙なところを巧く衝いて、半覚半眠のような位置で魔術的に言葉を拾うこと。
その心の特殊な使い方とでもいうものがなんとなく、錬金術師の修業のように思えてならない。
錬金術は物質を扱いながら、ある精神的な陶冶を必ず求めた。
詩人・小説家はまるで物質的なものを手にするのではないのに、その心の技のようなものをどこかで学んでゆくように思う。
なお、それは名技への求道であって、世に考えられる人間的成長とは異なる。

2009年10月29日 (木)
久しく待たれていた東雅夫・石堂藍両氏編の『日本幻想作家事典』が遂に国書刊行会から刊行された。
そこから高原英理『抒情的恐怖群』に関する記述を引用する。

【抒情的恐怖群】短篇集。〇九年毎日新聞社刊。〇八年『文學界』掲載の「グレー・グレー」を除き書き下ろし。〈顔が半分しかない少年〉の都市伝説を探求するうち、おぞましい町の機構に取り込まれていく、都市幻想の白眉ともいうべき「町の底」、呪いの伝染と妖怪とをミックスし、さらに語り手の惑乱という要素を付け加えた「呪い田」、木陰で見る夢が現実になるという童話を遠く木霊させた記憶改変物の「樹下譚」、ゾンビとして生きることのリアルを追究しつつ哀切な愛の物語に仕立てた「グレー・グレー」、闇から生まれた女を伴侶とし、〈夜の夢こそまこと〉を生きる女を描く「影女抄」、不吉な場所としての石舞台を生々しく描いた「帰省録」、人面疽テーマの面目を新たにした「緋の間」の全七篇を収録。人肉嗜食、人体損壊、呪物、霊など、ホラーの古典的素材を昇華させ、巧緻な語りの技術で幻惑的な幻想小説に仕上げている。短篇作家としての高原の美質が発揮された作品集である。

以上、引用終わり。これが以後、私についてのスタンダードな紹介となると思えば嬉しいことだ。
それにしても、この事典が出る前に、今のところ会心の作品集と考えている『抒情的恐怖群』を刊行できて本当によかったと思うのです。
上の引用について、著作権上の問題があります場合はご連絡ください。削除いたします。

制御はできないが神下ろしみたいな感じだといいな、と皆思うのだろう、だから何かあるたび、小説・物語を書くことが神秘的な営みのように語られやすい。それは書き手の願望である。
ただ、確かになんだか不思議な巡り合わせみたいなのがあるのは経験した。

ともあれ、この先、ずっと記録に残る言葉が上のようで、ありがたい。
なお、いや全然違う、お前の作品には価値がない、と言いたい人もまずは読んでくださいね。

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途中、見つけたので再録

今もあまり意見は変わってないと思います。以下(★~☆)。

2009年5月12日 (火)
シーソーゲーム的ストーリーに耐えられない。
目的とするものとルールがはっきりしていて、その物語要請上、ほぼ結果がわかっている、あるいはせいぜい勝ちか負けか、どちらかしかありえないようなラストに向けて、鑑賞者が自己投影すべき登場人物がさんざん苦労するという手順が面倒極まりない。
こういうものはゲームとして実践するには面白いだろう。それは結末に至る過程で、すべてその判断と動きが参加者の裁量のもとにあり、勝つも負けるも当人の判断と技によっているからだ。いわば駄目なゲームは参加者の責任であることが予め認められている。
だが、読む物語というものは読者の裁量には委ねられておらず、作者というプロデューサーがある意図のためにわざわざ行ってみせるゲームを横から覗いているという形になる。すると、見え透いた焦らしやためにする苦労といった、「下手なゲーム構成」に対し鑑賞者は常に不満を言いたくなる。
「俺ならそんな馬鹿な話は信じない」「そもそもそういうくだらない理由のために俺は動かない」「俺ならそこで相手をすぐ押さえる、逃げる猶予など与えない」等々。そういった不満がまったくないゲーム的物語展開はあまり見たことがない。
しかも物語のうまくない作者ほど不自然かつ理不尽なそして唐突なシチュエーションを用意し、読者が感情移入することを予期される登場人物が無駄な困難に苦しみ、たいていその感情的対価は後になっても与えられず、不愉快は解消しない。しかもルールと世界は既に決定していて変化しないため、ただ結末に至るまでの面倒な請負仕事のようにしか思われない。

望ましいのは、広い意味での探求を前提とし、探れば探るほど敵味方や良し悪しといった単純な世界のルールが思いもかけない形に変容してゆく過程を、ひとつひとつ納得ある言葉で語ってゆき、そのため細部には当然の感があるのに進めば進むほど世界の奥深さが見えてきて震撼する、新たに見えてくる世界の異変への驚きがきわだってゆく、そして終わりも決定はせず、さらに進めばさらに驚異が待つだろうことを伝えつつ、ひとまず仮初の結末で終結する、そんな物語だ。
それは徹底してゆけばもはや物語という形式からも離れてゆくのではないかと思う。究極には物語が詩である地点を目指しているのではないかと思う。

とはいうものの、なんだか世の中の「エンターテイン」という事柄はせいぜいこんなことかも知れず、という言い方ではエンターテインメントそのものを蔑むような口調になるので、言い直すなら、低級な楽しみに浸るだけで十分な客が多いとすれば手も抜きますわなあ。
自分がこれだと思う著者の作品って、娯楽であろうがなかろうが、どこか定型としての物語を外れているように思うのだが、いや案外。

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『抒情的恐怖群』の思い出(1)

ここしばらく、憫笑されるべき僅かさだが、なぜか『抒情的恐怖群』が通常よりは売れている。
無様ながら自己宣伝を続けたかいがあったのかどうか、今、自分には他に選択肢もないので無様を続けさせてもらうことにしよう。
この先一冊でも買ってくださる方があることを期待して、以下、『抒情的恐怖群』についての過去の記述から(★~☆間)、一部編集済み。

2009年3月 5日 (木)
予定外という要素がうまく働くことが創作には必要なのでないかと思う。むろん、うまく働いているかどうかの判断は鑑賞する人に委ねられる。

書き下ろし短篇集という話をもらったとき、ぼんやりと考えていた方向もあったが、ひとつひとつと書いているうちにやや規格外の作もできてしまった。
できに不満というわけではない。収録作はいずれも互いに親密な関係にある。けれども全篇をひとつのテーマでは括りにくい。
翻って全体をみれば抒情の要素と恐怖の要素があって、その配分の違いが作品の差にもなっているようなので書名を『抒情的恐怖群』とした。

親密な関係と記したが、それはたとえば、作品Aのある部分と作品Bの一部に関係の深いところがあって、またテーマについてはBはCに近く、そしてCの別のある要素がDと共通、しかしAとC、BとDはあまり似ておらず、全体にわたって共通なものはない、個々は独立に見える、というようなもので、確か、ヴィトゲンシュタインがこういうのを「家族的類似性」とか言っていたように思う、そんな関係。

2009年3月 8日 (日)
『抒情的恐怖群』収録作品題名、以下

「町の底」
「呪い田」
「樹下譚」
「グレー・グレー」
「影女抄」
「帰省録」
「緋の間」

以上の七編。「グレー・グレー」のみ「文學界」2008年10月号に既発表。
他は書き下ろし。

2009年3月18日 (水)
『抒情的恐怖群』収録作の題名は、既発表の「グレー・グレー」だけが「・」も入れると七文字、他はすべて三文字しかも大方漢字、なのでなんとなく違和感あるかなとも思っていたが、ゲラで目次を見るとこんな様子。

 町の底(まちのそこ)
 呪い田(のろいた)
 樹下譚(じゅかたん)
 グレー・グレー(ぐれー・ぐれー)
 影女抄(えいじょしょう)
 帰省録(きせいろく)
 緋の間(ひのま)

( )とふりがなのおかげで、素のままよりは差が目立たなくなっている。
「グレー・グレー」にまでひらがなのふりがながついていて、やはり一番文字数が多いが、隣の「影女抄」とそのふりがながそれに次いで長く、「帰省録」「緋の間」、とだんだん短くなっているので案外「グレー・グレー」の長さが気にならない(と私には感じられた)。
できれば「町の底」からも順に読みが長くなっていればもっと効果的だったかも知れないが、そこまで無理をする理由もない。
ともかく、この目次を巧みに組んでくださった方に大感謝。プロの技だ。

2009年3月23日 (月)
『抒情的恐怖群』(毎日新聞社)の装丁は中島浩さんにお願いすることになりました。
また、表紙にはアーティストの西尾康之さんによる立体作品の写真を使用させていただくことになりました。
私の知る中島浩さんのお仕事で特に好きなのは寺山修司の未発表歌集『月蝕書簡』と谺健二の『赫い月照』(初版単行本)。
西尾康之さんは今注目されているアーティストのお一人ですね。
とても果報なことと思います。

2009年3月25日 (水)
早くも、オンライン書店 本やタウンでの近刊紹介に出てました。

抒情的恐怖群
高原英理 著
毎日新聞社 4月中旬 税込価格:1,785円 ISBN:9784620107387
「都市伝説、土地の怪談、現代の妖怪談、恐ろしくも美しい官能的ホラー。ますます充実する著者の最新短編集。」

とのこと。 ↑当たり前ですがこれ、私の考えた言葉ではありません。
面映いですがありがたいご紹介でした。

2009年4月18日 (土)
『抒情的恐怖群』発売。毎日新聞社刊、税込み1785円。
京極夏彦氏に帯文をいただきました。

2009年4月25日 (土)
恐怖している時間は少なくとも明確な意味のある時間だ。
だから私は恐怖を描くフィクションが好きだ。

今更こんなことを再録して、とお思いならどんどん言ってほしい。それはここを読んでくださっているからこそ言える批判だからだ。

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最近ツイッター等で参照されることの多かった発言から

あまり遠いわけではないが、これも、はや過去ではある。以下、抜粋する(★~☆)。

2012年5月 7日 (月)から

たとえば「批評はいらない」という意見は、それ自体が批評であることを忘れ、自己否定していることにも気付いていない。こういうようなのが低級な批評である。
TVで語られたことをただ反復する頭の悪い発言もそれである。
しかし、最低の、自分で考えてもおらず、状況に何か言わされているだけの批評も、批評には違いなく、その意味で、人は批評せずに意識を持つことができない。
すなわち批評は意識の本質的な働きであり、何かの付け足しや後追いや二次創作と決めることはできない。個人の批評意識を辿るなら「オリジナル」の意味も失われる。批評する個人の創造性からは、その批評対象は、オリジナルではなく、それを批評する者にとっての素材と考えることにならざるをえないからだ。

■もう少し続けると

後半、ここに自分がクリエイターであると自負しつつ「作家・小説家」を自認する人と、「批評することを自己表現とする人」との齟齬がある。
「作家」自認者は、自己の「作品」を、(たとえ批判されても、――ただしその態度を貫徹できる作家自認者は少ないが)飽くまでも「作品」として読まれることを望む。
それに対し、批評者にとっては、いかなる作家の書いたものだろうが、当人の得た情報である限りにおいて、落書きやたまたま耳にした会話や見聞した事実などと同列にあるのであって、その作家の書いたことだけを特権化する理由がない。すると、ときにその批評はある作家の作品を「読み込む」のではなく、「使い捨てる」ことにもなる。これを「作家」自認者は許さない。
だが中には批評者でありながら「作家」の願いのわかる人がいる。そういう人は場合によっては大変にありがたい、作家の理解者となり、言及された作家は喜び、あるいは創作の支えとするだろう。
ただ、そういう批評の仕方は実は批評全体の中ではきわめて特殊なものであって、それができる批評者は自身、「作家」的な方向性を持っているのではないかと考えられる。自分が作家側であることを想像できるからこそ、「作家」の読んで欲しいところがよく見えるのではないだろうか。
まだ続けられそうだがひとまず終える。

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「グレー・グレー」の起源

再び過去に関する記

近く、言及していただけるとのことなので「グレー・グレー」について作者から言えること以下。

『ゴシックスピリット』の第4章「死者たち」をお読みの方にはすぐわかることだが、
「死後も身体が崩壊するまでは人格がほぼ保存されるリヴィング・デッド」の案は山口雅也の『生ける屍の死』をもとにしている。エンバーミングのアイデアもこの作品に倣っている。
ただ、この、幽霊とは異なり身体がありつつ、死んだ後も意識がかろうじて残る、という想像の起源は、古くエドガー・アラン・ポーの「ヴァルドマール氏病状の真相」あたりかとも思う。
このシチュエーションでラブ・ストーリーというプランは同じく『ゴシックスピリット』第4章で紹介した『水野純子のシンデラーラちゃん』による。
ただし「グレー・グレー」は『シンデラーラちゃん』のようなラブコメではない(はず)。

信頼できない「作者の言葉」として言うなら、あるデカダンスの根拠のようなものとしてリヴィング・デッドを用いたといったところ。

それでもややユーモラスな場面もあるとしたらヒロインが天然なところによるか。
この種のキャラクターは2006年『猫路地』に収録された自作「猫書店」に出てくる猫娘が始まりかとも思う。

あまりあてにはならないがこんなところで。

5/17追加。
『ゴシックスピリット』第4章の第4節からも考えてみれば、(「ゾンビ」とは異なる)「リヴィング・デッド」という発想の起源は聖書のラザロの復活からか。そこまで遡らなくとも、アンドレーエフの「ラザルス」から、というのならかなり確かに思う。

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昨日は373アクセス、訪問者196人だったので

たまに佐藤弓生関係の宣伝でも。
これ→

「薄い街」展 ◆ 2012年5月17日(木)~6月4日(月)
カフェ百日紅協力展←場所は

短歌 佐藤弓生

写真 田中流

● 関連イベント

街のうたうら~あなたの一首、調合します~

歌人、佐藤弓生が「あなた」のために短歌を調合いたします。

5月20日(日) /  6月3日(日)

どちらも営業時間内随時

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「グレー・グレー」(2008)が「さんかれあ」(2010~)と似たシチュエーションであるという件

5/5の鼎談のあと、川田宇一郎氏から以下のことをご教示いただいた。

はっとりみつるのゾンビラブコメ漫画「さんかれあ」は高原英理の小説「グレー・グレー」とシチュエーションが非常によく似ている。どちらも落下して死んだ女子が生前の意識を保ちつつ生ける死体として甦り、好きな男子とともにいる。その女子の性格が天然なのも同じ。

「グレー・グレー」は2008年10月「文學界」に掲載され、2009年4月、毎日新聞社刊行の『抒情的恐怖群』に収録された。
「さんかれあ」は2010年1月以後、「別冊少年マガジン」に連載中。

発表時期を見て分かるとおり、「グレー・グレー」は「さんかれあ」をまねたのではもちろんない。
といって「さんかれあ」の作者が「グレー・グレー」を読んで発案したということもまずないだろう。

死後も人格のほぼ変化しないリヴィング・デッドを恋愛物語に用いるというやり方が日本では2008年から始まったというべきなのである。

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『女の子を殺さないために』出版記念鼎談・於ジュンク堂池袋本店・2012年5/5で言い残したことを記す

鼎談というのは形式上で、実質は、川田宇一郎・栗原裕一郎両氏対談に司会・高原英理。

とはいえ私も要所ではいくつか発言した。

終わってからあれは言っておくべきだった等の感慨を残すのは常だが、今回は立場が楽だったのでそうした残念さも比較的少ない。

が、それでもやはり一部、不足の点があるのでここに記す。以下。


批評・評論は楽しいことである。そして必要不可欠な営みである。
詩人でない人はいるが、意識ある人間であるかぎり批評一切をしない人はありえない。
ただしその批評意識が低級な場合も多いというだけである。
たとえば「批評はいらない」という意見は、それ自体が批評であることを忘れ、自己否定していることにも気付いていない。こういうようなのが低級な批評である。
TVで語られたことをただ反復する頭の悪い発言もそれである。
しかし、最低の、自分で考えてもおらず、状況に何か言わされているだけの批評も、批評には違いなく、その意味で、人は批評せずに意識を持つことができない。
すなわち批評は意識の本質的な働きであり、何かの付け足しや後追いや二次創作と決めることはできない。個人の批評意識を辿るなら「オリジナル」の意味も失われる。批評する個人の創造性からは、その批評対象は、オリジナルではなく、それを批評する者にとっての素材と考えることにならざるをえないからだ。
その意味で、たとえいわゆる「創作作品」がなくなったとしても批評が終わることはありえないし、あるとしたらそれは人類の文化そのものの終焉である。

ということをまずよく前提として、しかしながら、文芸への批評を専門的に行なうことを職業とする「文芸評論家」というものが現在では職業としてほとんど成立しなくなりつつある、という件を告げた。

私は批評は楽しいことであり不可欠なものであると今も思うが、しかし、著述家としてはもはや批評家・評論家ではない。もともと書いていた小説を主にする「作家」と呼んでくださいと告げた。

現在広い意味での文芸への批評は、書き手がその創作として行なう独立した評論と、書評・紹介とに分かれると思う。
そして、書評家・レビュアーは職業として成り立ちうる。しかも常に必要とされている。
それに対し、創作としての独立した評論を書く評論家は、文芸誌にすら必要とされなくなりつつあり、ある理由から編集部が認めた特定の僅かな評論家以外の評論はもはや発表場所もない。
特定の評論家ですらそれだけを仕事とすることが難しいのは昔からだが、それよりも、文学にかかわる編集の側から、書評的な批評以外が求められることが大きく減っている。それはこれからも減り続けるのではないかと思う。
省みて自分は、小説・評論ともに、いつも自らの書く行為を独立した創作のつもりでいたから、評論と言えば創作としての評論しか書くことができず、書評的評論は依頼されたおりにひきうけることはあっても、自分がずっとやり続けうるものではないと感じる場合が増えて、その結果、評論家という仕事はしていないと言わざるをえないことに至った。

19世紀ヨーロッパでは詩が文学の王だった。それで散文の得意な作家も無理に詩を書いた。現在の日本では小説が文学の王である。
1980年代後半から90年代初めまでのほんの僅かな一時期、評論が、王とは言えなくとも、重要と見られたことがあった。それも独立した創作的な評論が、である。
しかしその状況が去った今、創作的な評論活動は現在の詩と同じく、ほぼインディペンデントで行なうべきものとなっている。
ちょうど文学フリーマーケットも拡大の一途を辿っているのであるし、文芸評論はこういった場で続けられるのが最も無理がないだろう。
残念ながら、かつてのように大手の庇護は望めなくなった。
つまり本当にやりたい人だけがやるものとなった。

さて、私は評論を行なうときは依頼されてでなく、自発的に行なうこととして久しいので、私の評論はインディペンデントでしかありえず、しかもそれのなされることも稀となった。
逆に、小説を書く時間の方が相対的に増えたのでとりあえず小説家・作家なのである。
虚偽の申告をしないという意味で私は評論家ではない。

川田さんの立場と栗原さんの立場は違うが、いずれも評論を書く人であるところは同じである。
二人とも、あまり規模は大きくならないにしても、私よりは評論家的な発言の場を継続しうる可能性を持っていると感じた。

以上が5/5に言い残したことである。

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