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インタビューの記録抜粋、これでひとまず完了

とします。「トーキングヘッズ」39号より、以下(★~☆間)。

問い: 恐怖が暗闇に由来する場合に、時間は、”黄昏”あるいは”逢魔が刻”といった風に、物語世界において限りなく空間的に機能するものと思われます。そういった意味で、時間設定に関して、何か特別に意識されたことはありますか?

答え: 『抒情的恐怖群』収録作全般に、語られる時間が幾通りも遡行していますね。その場合、一人称三人称にかかわらず、どれもほぼ、誰かに向けて語る、という態度で書かれていますから、まず語る者は、常に自己の生きる現在の中にいるわけで、その現在の見聞を逐次的に伝えようとする部分と、見聞きした何かから想起されてくる過去の記憶を再構成している部分とでできていることになります。
しかし、その過去は、語られる瞬間に語り手にとっての確かな真実と感じられていても、次へ進んで、異なった情報を得ると、先に語った過去のさらに奥にある別の過去が語り直されることにもなる。ならばもっと奥もあるだろう。そういうことが何度かある、あるいはありうるものとして、常に言い尽くせない、全貌を知りえない多重的な過去の片鱗が示されてゆくと、最もうまくいった場合、不可知ということの具体的な手触りが伝わってきます。
それは時に窒息しそうな絶望感をも感じさせるかもしれないし、また限りなく豊饒な闇として君臨することもあるだろう。
しかも、そこから恐れが発生するのであれば、それは、現在とともに過去を語り続けているはずのその語りの中に、どこまでも未決定の時間が、いわば未来もが、組み込まれていることによるのではないか。一番怖いのは過ぎてしまったことではなくて、これから起こるかもしれない禍々しい何かです。
未だ起きていないそれは、起きていないからこそ絶大なカタストロフィーと感じる。
このように、不可知がある畏怖をもって受け取られるなら、それを伝える言葉は、絶対的な暗さの、つまり見通せなさ、迷宮性、無限性、永遠性の持つ崇高さをも帯びるだろうと、そうなって欲しいものだと思っています。
これが、ほんの一瞬の間にも永遠が潜む、時間の魔的な性質を空間的に描くということではないでしょうか。
黄昏、逢魔が刻、という、限定された特殊な時空間の本当の凄みというのはそんな細部の手触りとしてだけ描かれるべきですし、それがたとえば要約というような形で伝えられうるのであれば最初から伝える意味がないとも言える。
なお、「逢魔」に関係して、書名のことですが、『抒情的恐怖群』というタイトルに決まるまでに、『異変集』という案も考えましたし、また、一時『逢魔が果て』というのも考えました。
いずれも悪くないとは思ったのですが、中央に「グレー・グレー」を置くのであれば、あまりに怪談集的な題名や伝奇ものを予感させ過ぎるのは合わない。そういう考えから、やや抽象的な『抒情的恐怖群』としました。こうすることで「樹下譚」と「影女抄」のような、ダークでゴシックではあるがホラーと呼ぶだけでは足りないような、より幻想小説的な短篇にも焦点が合うと思えた。
さらにこの書名のもとに収録されていると「緋の間」や「帰省録」も、ホラーノヴェルではあってもいくらか位相が違ってくるように思えますが、その狙いがあたっているかどうかはわかりません。
ともかくこういうわけなので、抒情度と恐怖度の比率が各作品ごとに違う作品集、というようにお考えいただければと思います。

というわけで、先日、2012年5月31日 (木)に記した以下のようなことなわけですが、


『抒情的恐怖群』各作品成分分析(当社比)  2009/06/05
         抒情度/恐怖度
「町の底」    20% 80%
「呪い田」    10% 90%
「樹下譚」    70% 30%
「グレー・グレー」90% 10%
「影女抄」    80% 20%
「帰省録」    60% 40%
「緋の間」    50% 50%

         怪談度/ ゴス度
「町の底」    50%  50%
「呪い田」    90%  10%
「樹下譚」    40%  60%
「グレー・グレー」 0% 100%
「影女抄」    20%  80%
「帰省録」    60%  40%
「緋の間」    70%  30%


飽くまでも当社比なので、とか、6/25の記述に引き続きどうでもよいことで失礼。

ほそぼそとでも売れてくれることを、というか、いくらかずつ記憶されることを願って、文字通りの記憶測定で
高原英理『抒情的恐怖群』毎日新聞社刊

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思いつきまどか☆マギカもどき(保証なし)

世々に残すつもりのない言葉もときおり記す。

ひどく困惑している少女のもとに、太って目の丸い変な生き物が現れて言う。
「ぼくヤスべえ。
諦めたらそれまでだ。でも、君なら運命を変えられる。
だから君も僕と契約してA○B少女になってよ!」
少女は遂に契約をかわし、なみいる仲間を蹴落として一位になるが、次期には転落し世を呪って去る。
それを詰問されたヤスべえは言う。
「やがてそこから災厄が生じるのは当然の節理だ。
とりわけ最も効率がいいのは、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移だ。
それを回収するのが、僕たち、プロデューサーの役割だ」

上、都合が悪いようなら削除します。いずれにせよどうでもよい話。

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インタビューから、もうひとつ

ネット上で読めなかったものなどを新たに提示してみたのがよかったのかどうかはわからないが、ここへきてまたも、ほんの僅かずつだが売れているようで大変ありがたい。
のでもうひとつ上げてみよう、「トーキングヘッズ」39号掲載の『抒情的恐怖群』に関するインタビューから抜粋その3(★~☆間)。

問い  多くの主人公が正体不明の状況に置かれるなか、その状況に対して共存ないし、身を委ねるような方向へ、向かっているように読めます。こういった主人公を描いた理由を教えて頂けますか?

答え  こういう主人公/語り手の先例としていつも考えるのは江戸川乱歩の「白昼夢」の語り手です。
その語り手は自分以外の他者の気づかない恐るべき真相に触れたように思えるが、しかし同時にその見解が本当に信用できるものなのかどうか、語り手自身が疑っている。見いだされた真相らしいものが自分以外の誰にも認められておらず、その自分にさえ確信が持てないので、他者や状況を確固として否定もできない。もちろん告発とか状況批判とかいった社会的アクションもできようがない。ただ呆然とするだけ。
危うい、揺れ動く、不安で不定形な意識があって、それがこの恐ろしい世界の解けない謎の前で右往左往し佇み、呆然としている。世界は幾通りにも読めるが、これと決める確証がない。
不思議で恐ろしいが、だからこそ知りたい、その探求の経過報告者としてこういう意識の人をよく登場させます。
見聞した逐一の意味を冷静に読み取れる知的認識能力の高さは前提として必要だが、といってそこから松本清張的な社会背景の洞察とかプロレタリア文学的社会性とか、陰謀史観とか、「このままではいかん、……ねばならぬ」といったドグマとかに一切ゆかない、自意識というものの曖昧さと希薄さの自覚をなくさないような語り手を用意します。あとは彼の意識に任せて暗闇から微かに現れてくるものを克明に語ってゆくだけ。
その結果、奥深く込み入った状況を自らの意志によって変更できるという自覚は希薄になる。
といってニヒリスティックなのでは全然なくて、望むところもあり、そのためにやれることはすべてやるが、同時に自己の力がきわめて微弱なものであることもわかっている。懸命ではあっても絶対の自信や期待が持てない。
核にあるのは瞠目しつつ怯え続ける子供の意識、というようなものでしょうか。そんな意識の実践として書いたものです。

「白昼夢」の語り手の意識・姿勢はとても納得できるもので、評論のデビュー作「語りの事故現場」もこうした意識の揺れと不定、不安と危うさに至るところが最も切実であり真実であるという気分を訴える展開になっていた。
予め決めたものがどれだけ頼りにならないか、実生活でも何度かは経験するところではないか。
それが生きることではないか。
今も私は瞠目しながら立ち尽くしている。

まだお持ちでない方はお買い上げいただけると幸いです
高原英理『抒情的恐怖群』毎日新聞社刊

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最近の検索フレーズランキングから

このサイトでの、少し前の日、6/11の検索フレーズランキング、以下。

1位:”怪奇雨男”
2位:コリントン卿登場
3位:怪談怪奇雨男
4位:少女のための鏖殺作法
5位:女の子をころさないための

2012/06/11

上三つはともかくとして、4位と5位に「少女のための鏖殺作法」と「女の子をころさないための」という語があったのがおもしろかった。
「少女のための鏖殺作法」は私の小説のデビュー作、「女の子を殺さないために」は先日来お伝えしている川田宇一郎初めての単著評論。
川田と私はいずれも第39回(1996年)群像新人賞評論部門で優秀作を認定されたが、私の場合、その前に第1回幻想文学新人賞(1985年)受賞、受賞作「少女のための鏖殺作法」が1985年に刊行の単行本『幻視の文学1985』に収録されて出た小説の第一作となった。
つまり、私は「少女のための、皆殺しの作法」という意味の小説で小説を始め、川田は「女の子が殺されることに関する物語についての評論」という本で単行本としての評論を始めたことになる。
対照的ではないか。
川田は女性・少女が殺される物語とそれを回避する物語を辿る。
私は少女の方がいかに他者を殺すかを物語化した。
「少女のための鏖殺作法」の延長線上に『少女領域』もある。しかし右の評論の末尾でも記したとおり、これは評論の形で書かれた物語であって、小説はむろんのことだが以後の評論も含め、これまで自分は物語以外を書いたことはない、となりそうだ。
川田も評論は物語を否定する言葉ではないと言うが、それとはまた別の位相で、私はもともと物語を書くことをさまざまな形式で行なってきたのであると知らされた気がする。

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作者が創作の姿勢を語ることに意味があるのか

ありません。そんなことを聞いてどうなる。しかし、読者である私は好む作者の言葉なら何でも聞きたいとは思う。その言葉自体が作品になるからだ。
が、そういう意味とは別に、以下はある意見広告としてここに置く。
「トーキングヘッズ」39号での『抒情的恐怖群』に関するインタビューから、もうひとつ抜粋(★~☆間)。

問い: 作品集全体を通して、物語の結末が一点に定まっているというよりも、拡散していくような傾向にあると思われるのですが、意図されたことでしょうか?

答え: できてしまった創作について作者が後で製作意図といったものを言うのは実は無効なのですが、ここではごく素朴に、書く前の望みとして考えていたことからお伝えしてみますと、それができるかどうかはともかく、使い捨て作品にはしたくない、ということでした。いかに驚くようなものでも一度オチが知れてしまうと二度と読まれないような作品は書きたくない。読後も後をひくもの、読む体験自体が目的であるもの、何年かして再読されるものにしたかった。
そのためにまずは結末だけで勝負しない。予定された結末に向けてすべてが配備されるのではなく、読むことがいわば手探りの体験として貴重になるようなものでありたいと考えていたので、書き方もそういう意識でやりました。すべてを俯瞰している作者が情報を小出しにしてゆくというより、当人も知らなかったことをここで見いだしている、というような。
私が一番つまらないと思うのは、敵と味方とがはっきりしていてその葛藤をただ追う、そして勝つか負けるかくらいしかないような結末に向け、先に敵からの意地悪とか悪辣な態度とか深刻な被害とかで読者にストレスを与え、主に怒りや復讐心を煽ることで無理矢理、先の展開を読ませてゆこうとするシーソーゲーム的なストーリーです。特にヒーローがはっきりしていてその勝利が予定されているとわかる場合は途中の困難らしくみせたところが消化試合みたいに思えますね。ただ暑苦しくて面倒くさい。
そういうのだけはやりたくないし、作品世界が二者葛藤的で、その意味と位置・相の変異が少ない物語はとてもつまらない。作者が世界を舐めてかかっている。「世の中所詮色と金」と言って全部見切ったようなしたり顔をしている人のつまらなさと同じです。
敵味方というような争いが動機となっても全然かまわないのだが、それが全篇のストーリーを規定して最後まで意味と価値の決定した世界が続くのを面白いとはとても思えない。
望ましいのは、価値観や善悪、優劣、意味そのほか、安定していると思っていた世界が思いもよらない、途方もない面を見せ始める瞬間を語るもので、それは決して結末を固定されず、また二者葛藤的に語れるものでもない。
進めば進むほど驚くべき「真相」に出会い続け、といって先に見た「真相」が必ずしも否定されるわけでもなくて、最終的に至るべき「ひとつの真実」があるというのでもない、先へ行けば行くほど意想外だが、しかしこれまで知った「真相」のいずれも虚偽だとはいえないし、少し先へ行って振り返れば後ろにある見慣れたものが違って見えてきたりもする、そんな多義的な世界を展開してゆければ、といつも考えています。
だから結末も、ただそこまでの経験を語りやめる地点、という仮のもので、その先が語られればさらにまだ驚異は続くだろうと思わせるのであったら成功と思う。
ただ、そういった異変は、それを呼び起こすための準備はできるとしても、意志によって達成できるものでもないように思います。そのあたりの体感について「自分で書くというより書かされているようだ」と言う人がいるのも当然と思います。
できのよしあしとは別に、私にとって小説を書くということは、こつこつと少しずつ書き進めるうちに、当初は思いもしなかったものが見いだされてくることです。
「町の底」「呪い田」「緋の間」はそういった、どう転がるかわからない意識のところで書きました。
「帰省録」は結末だけはだいたいわかっていたので、もっと予定調和的になるかと思っていたら、途中で細部を語るうちにやっぱり「真相」が複数見えるようなものになっていって、それはそれで楽しかった。気味悪くもあったけど。
「樹下譚」と「影女抄」は物語の構造ははっきりしていますが、それでも、どうなんだろう、という迷いは残っています。
「グレー・グレー」に謎というのはあまりないけれども、絶望的な情緒を前提とした淋しい道行のようなものとお考えいただければいいでしょうか。そこでは生き生きと積極的に生きる人には見えない壊れゆく世界の有様が見えてくる。
今回の作品集は、世界が異様な相貌をあらわす瞬間がそのままカタストロフィーである、という形で書かれることが多かったので、ひとまず分類として「ホラー」としました。
そうすることが売れることにつながるならいくらでも分類してもらえればよい。暖かく迎え入れてくれるジャンルには恩を感じます。でも本当のことを言えば、昨年刊行した『月光果樹園』にも書いたとおり、自作があまり明確に分類されてしまうことには違和感がありますね。

たかが物語作者ごときが何を言うか。
だが言うのである。言っておくのである。その方が私としては楽なのである。

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残る記憶の根拠

たまにこんなことも考えてみた系。

記憶とはそれに何かの価値を見ることによって残るのではないかと思う。
自らの過ちを語ることのきわめて少ない人がいる。語らないのではなく、語れないのだ。
むろん失敗を経験していないのではない。おそらく人並みに無念な過ちはたくさんあっただろう。
だがそうした人は過ちに全く価値を見いださないために過ちの記憶が容易く忘却される。
その人の記憶は何らかの意味で成功した瞬間だけによって成り立ち、結果的に「うまくいった人生」の形にばかり整備される。
それをナルシシズムと呼んでよいものかどうか。見栄を張ろうとした意図の結果ではないからだ。
ひとりでにそうなってしまうのは自分をよく見せたいからというよりは、その人にとって優れたものが成功だけだからだ。
「優れた過ち」というものがあることを知らないのである。
2009年5月22日 (金)

過ちといっても、それを経験することによって、後に、高度な成功をもたらすような失敗はここでいう「優れた過ち」ではない。それはむしろ、成功の序曲のようなものだから、失敗に価値を見ない人でも「これあってこその得がたい経験」と記憶することができる。
ここに考える「優れた過ち」とは、自体、どう見直してみても成功には結びつかない過ち、無様だった記憶、自らの恥辱でしかないもの、でありながら、それを語ることが一般社会での成功とは別の真実を切り開いてしまうような出来事をいう。
文学はこういった優れた過ちを描くことで深みと幅を広げてきた。
夏目漱石は『吾輩は猫である』『坊っちゃん』から『それから』『こころ』、『明暗』に至るまで、当人の生活史的事実との関係はともあれ、何らかの挫折、失敗、悔いといった意識の形を記し、その思索が歓迎されてきた。
しかし、無残な記憶は、それを記憶していればいるだけ自己を損なう可能性が増える。そして記憶に苛まれている人に、「その程度で壊れる自尊心など本物ではない」などと言うことはただの傲慢である。「鉄の自尊心」など、ありあまる条件のよさを背景に持たねば成立しない、つまり、自分ひとりで作り出せるものでは全くない。そして、何にせよ自信のない態度、誇りに欠ける態度は再度の手痛い失敗をもたらし易い。それが嘘でも浅はかな思い込みによる自信であっても、人の生活には、自己の無様さを忘れることによる僅かな誇りが、ないよりあるほうがましなのだ。
ならばときに文学者が社会人として失格である場合が見られるのは、その社会的には無駄でしかない過ちの様相にばかり執着してしまった結果だろう。
しかし、逆に、ある文学者は、自らのあるいは他人の、酷い、恥辱に満ちた、醜い記憶を、それゆえに何か恐るべき人間の謎として表出し、その次第によって世俗の成功まで勝ち取る。
いずれの場合も、世の成功を求めて生きることとは別の何かに引き寄せられた結果だ。
2009年5月23日 (土)

今見るとこんなこともこのときの根拠かなと思う以下。
作家を攻撃したいときすぐに「単なる作者のナルシシズム」っていう言い方をする人々の卑怯さへの憤り。
「ナルシシズム」と言えば貶めた気になるという単純さへの批判。
そういう、かつての批評家たちの決まり文句への嫌悪もあるかと思う。
何より、自分には愚かさ無様さがないかのように振舞うことへの「あーあ」な感じ。

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インタビューから

今しばらく『抒情的恐怖群』について続ける。
「トーキングヘッズ」の39号に掲載されたインタビューから抜粋(★~☆間)。
以下。

問い: 前作、『神野悪五郎只今退散仕る』とは趣の異なった作品集ですが、こういった作品を書こうと思った動機を教えてください。

答え: むしろ『神野悪五郎只今退散仕る』のほうが私のこれまでの作風からは異色と言えるもので、それによっていわば新たな境地を得たのは喜ばしいことでした。
しかしそうなると、「もともとの作風・いつもの作風」は『闇の司』以後、単行本としては出ていない、とも言える。
そこへ今回、一篇以外すべて書き下ろしという恵まれた機会を与えられたので、できるだけ妥協せずに、自覚していた志向や手法を徹底してゆくことにしました。
その志向・手法も一つでなくて、さいわい短篇集なので、それぞれをできるだけ自由に進めてみた結果、七篇とも傾向の異なるものになった。
まだ他にも描くべき方向とテーマはあるつもりですが、さしあたって、暗黒方面については今回の作品集によって私の可能性をある程度ご判断いただけると思う、そんなものです。
全篇にわたって気をつけたのは、『ゴシックハート』で書いたように、道具立てや条件的な要因に頼らない耽美ということ。
ここでは『ゴシックハート』での記述に合わせて便宜上、耽美と言いますが、実はスタイルとか文体の統一感のようなもののことで、今回の場合、具体的には、トーンの静かさ、ですね。耽美小説という意味ではない。
冷酷な美男美女とか貴族の豪奢とか倒錯的嗜好とかを散りばめて貴族/ブルジョワ的世界で退廃的背徳的行為を描けば「耽美小説」らしいものにはなるかも知れないけれども、それが私の考える耽美の作法ではない。
ごく当たり前の日本のロウアーミドルくらいの勤め人の日常を書いたとしても、その語りの姿勢に核としてある美観が言語世界を立ち上げ始めるということであればよい。
そのために、語り口・文体が万人受けしにくいものになるときもあるかも知れないが仕方ない。
安易に外的条件と制限に合わせず、自分のペースでフィクションを書く行為を許された結果がそのまま刊行されるというのは、多少知られた作家でもそうそう常にあることではないので、ありがたいことでした。

このような機会はある程度売れている作家でも難しくなりつつあるということは今も感じる。
また、この短篇集について、あたかも売ることをまるで考えていないというようなコメントをする人もいて(ただしその評者もこの短篇集の価値そのものは高く認めていたのだが)、短期的にはそうかも知れないが、私としてはできるだけ長期的に読まれるものを望んだ結果である、というのがそれへの答え。

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