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ふたつみつ

日大芸術学部で教えることになったのがひとつ。
熊野本宮大社へ初めて行ったことがひとつ。
もうひとつはひとまず伏せておくことにします。

あ それと世界を救ったことだな。一緒に戦ってくれたみんな、ありがとう!

ここごらんのみなさまによいお年を
「おもちを食べすぎないようにお気を付け下さい!」←小学生の頃の年賀状の末尾決まり文句とか。

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年末ゴシックスピリット

アマゾンでのランキング分類によるのか、以前から意外によくこういうことがあります。
 
「ゴシックの美術史 の ベストセラー」 2012/12/31 13:12の記録
 
1. ゴシックスピリット
  高原 英理
 
2. ゴシック1 世界美術大全集 西洋編9
  飯田 喜四郎
 
3. 大聖堂の秘密
  フルカネリ
 
4. ゴシック2 世界美術大全集 西洋編10
  佐々木 英也
 
5. ヴェネツィアの石―建築・装飾とゴシック精神
  ジョン ラスキン
 
6. ヨーロッパ古寺巡礼
  饗庭 孝男
 
7. 初期中世・ビザンティン美術編 (中世・美の様式)
  イヴ クリスト
 
8. 初期キリスト教美術・ビザンティン美術 (岩波 世界の美術)
  ジョン ラウデン
 
9. 盗まれたダ・ヴィンチ―世界を震撼させた16の事件薄 (青春文庫)
  岡部 昌幸
 
10. モン・サン・ミシェルとシャルトル (叢書・ウニベルシタス)
   ヘンリー アダムズ
 
11. 悪魔の中世 (河出文庫)
   澁澤 龍彦
 
12. 死者たちの回廊―よみがえる「死の舞踏」 (平凡社ライブラリー)
   小池 寿子
 
13. 名画裸婦感応術 (知恵の森文庫)
   横尾 忠則
 
14. 肖像のエニグマ―新たなイメージ論に向けて
   岡田 温司
 
15. 子供とカップルの美術史―中世から18世紀へ (NHKブックス)
   森 洋子
 
16. 三つの教会と三人のプリミティフ派画家
   J.K.ユイスマンス
 
17. 中世が見た夢―ロマネスク芸術頌
   小佐井 伸二
 
18. 幻想の中世―ゴシック美術における古代と異国趣味
   ユルジス・バルトルシャイティス
 
19. 中世末期の図像学〈上〉 (中世の図像体系)
   エミール マール
 
20. 中世末期の図像学〈下〉 (中世の図像体系)
   エミール マール
 
順位に入っている本がけっこうすごす。
以上『ゴシックスピリット』本日一位、を喜んで。
 
なお、『ゴシックハート』はアマゾンの「文学史」ランキングで本日28位でした。
来年は待望の樋口ヒロユキさん第二単著が刊行される(らしい)し、また何か一騒ぎできるといいですね。

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行ってよかったコンサート

クラシック限定。

2/16 すみだトリフォニーホール「リユニオン」勅使河原三郎・佐東利穂子(ダンス)、フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)、トリスターノ:Hello、Nach Wasser Nach Erde、バッハ:ゴルトベルク変奏曲、ケージ:ある風景の中で
(クラシック限定といいつついきなりフュージョン・ダンス含んでるけど)

5/28 東京文化会館、ハンブルク北ドイツ交響楽団、トマス・ヘンゲルブロック指揮、クリスチャン・テツラフ:ヴァイオリン、ハイドン:交響曲70番、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲3番、バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ2番3楽章アンダンテ、ベートーヴェン:交響曲3番、モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲。

6/7 サントリーホール、フランクフルト放送交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ヒラリー・ハーン:ヴァイオリン、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ2番グラーヴィ、アレグロ、ブルックナー:交響曲8番。

6/15 東京オペラシティ、ロシア・ナショナル管弦楽団、ミハイル・プレトニョフ指揮、樫本大進ヴァイオリン、グラズノフ:組曲「中世より」、ベートーヴェン:ロマンス第2番、チャイコフスキー:憂鬱なセレナーデ、ワルツ・スケルツォ、懐かしい土地の思い出、「白鳥の湖」組曲、「眠れる森の美女」より序曲。

6/19 東京文化会館、東京都交響楽団、大野和士指揮、庄司紗矢香ヴァイオリン、シェーンベルク:浄められた夜、シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲1番、バルトーク:管弦楽のための協奏曲。

7/27 東京オペラシティ、英国ケンブリッジ大学センシジョーンズカレッジ聖歌隊。「祝典の歌─合唱の名曲と、英国王室の祝典で歌われた曲を集めて」ロバート・パーソンズ:「アヴェ・マリア」、アルヴォ・ ペルト:晩禱、セルゲイ・ラフマニノフ:晩禱 op. 37より 6.、「生神童貞女や慶べよ」ヨハン・セバスティアン・バッハ:フーガ ト長調 BWV 541/2(オルガン・ソロ)、ジョン・シェパード:「西風のミサ」より1. グローリア 2. アニュス・デイ、ヘンリー・パーセル:「主に仕える諸々の僕よ、主をほめまつれ」、エドワード・エルガー:「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、ベンジャミン・ブリテン:「キリストによりて喜べ」op. 30、ウィリアム・ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」 (オルガン・ソロ)、チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・ パリー:「私は歓喜した」op. 51

9/21 渋谷NHKホール、NHK交響楽団、レナード・スラットキン指揮、リャードフ:8つのロシア民謡、ショスタコーヴィチ:交響曲第7番。

10/8 東京文化会館、庄司紗矢香:ヴァイオリン+ジャンルカ・カシオーリ:ピアノ、ヤナーチェク:ヴァイオリンソナタ、ベートーヴェン:ウァイオリンソナタ10番、ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ、シューマン:ヴァイオリンソナタ2番、シュニトケ:古典的な組曲第5章。

10/16 サントリーホール、チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ、ウラジーミル・フェドセーエフ指揮、小山実稚恵ピアノ、ラフマニノフ:ヴォカリーズ、ピアノ協奏曲3番、スクリャービン:左手のための2つのノクターン第二、リムスキー=コルサコフ:シェーラザード、チャイコフスキー:「くるみ割り人形」から、「白鳥の湖」から。

10/19 NHKホール、NHK交響楽団、ロリン・マゼール指揮、ワーグナー:ニーベルングの指輪・管弦楽版。

10/28 東京芸術劇場、東京都交響楽団、インバル指揮、池田香織:メゾソプラノ、二期会合唱団、東京少年少女合唱隊、マーラー:交響曲第3番。

11/6 サントリーホール、バンベルク交響楽団、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、ピョートル・アンデルシェフスキ:ピアノ、モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、バッハ:フランス組曲第五番サラバンド、ブルックナー:交響曲第4番。

11/7 紀尾井ホール、シュトゥットガルト管弦楽団、ギュンター・ピヒラー指揮、バッハ:フーガの技法から、2つのヴァイオリンのための協奏曲、モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク、シェーンベルク:浄夜、モーツァルト:K.136三楽章、ハイドン:セレナード、バッハ:エア

11/15 NHKホール、マリインスキー劇場管弦楽団、ワレリー・ゲルギエフ指揮、レオニダス・カヴァコス:ヴァイオリン、メシアン:イエスの昇天、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、バッハ:無伴奏ヴァオリンパルティータ3番からサラバンド、プロコフィエフ:交響曲第5番、ワーグナー:「ローエングリン」第一幕の序曲。

11/16 NHKホール、NHK交響楽団、エド・デ・ワールト指揮、ブルックナー:交響曲第8番。

11/20 東京文化会館、サンフランシスコ交響楽団、マイケル・ティルソン・トーマス指揮、ユジャ・ワン:ピアノ、アダムズ:ショート・ランド・イン・ア・ファスト・マシーン、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番、シューベルト(リスト編ピアノ曲版):糸をつむぐグレートヒェン、ラフマニノフ:交響曲第2番、ビゼー:「アルルの女」組曲第2番より「ファランドール」、コープランド:組曲「ロデオ」より「ホウ・ダウン」

11/28 サントリーホール、バイエルン放送交響楽団、マリス・ヤンソンス指揮、ベートーヴェン:交響曲第6番・第7番

11/29 武蔵野文化会館、クリスチャン・ツィメルマン・ピアノリサイタル、ドビュッシー:版画、前奏曲集第1集から「帆」「吟遊詩人」「雪の上の足跡」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」「西風の見たもの」、シマノフスキ:9つの前奏曲より1・2・8番、ブラームス:ピアノソナタ2番。

12/2 東京交響楽団、ユーベール・スダーン指揮、クリスティアーネ・エルツェ:ソプラノ、マーラー:「子供の不思議な角笛」から、ブルックナー:交響曲第6番。

12/4 東京オペラシティ、スティーヴ・ライヒ、コリン・カリー・グループ、クラッピング・ミュージック、ナゴヤ・マリンバ、マレット楽器、声とオルガンによる音楽、ドラミング。

12/8 横浜みなとみらいホール、トゥールーズ・キャピタル管弦楽団、ソヒエフ指揮、バラキレフ:イスラメイ、ストラヴィンスキー:火の鳥、リムスキー=コルサコフ:シェーラザード、ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第1番、ビゼー:「カルメン」序曲。
(年間通してこれが最高か)

12/10 東京芸術劇場、モスクワ・フィル、ユーリー・シモノフ指揮、ボリソグレブスキー:ヴァイオリン、チャイコフスキー:「ロミオとジュリエット」変更グリンカ:「ルスランとリュドミラ」、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第5番、「くるみ割り人形」からパ・ドゥ・ドウ、イザイ:無伴奏ヴァイオリン組曲から第2番終曲。

12/15 サントリーホール、東京都交響楽団、ヤクブ・フルシャ指揮、ゲルハルト・オピッツ:ピアノ、バルトーク:ピアノ協奏曲第2番、コダーイ:ガランタ舞曲、バルトーク:中国の不思議な役人。

12/24 サントリーホール、バッハ・コレギウム・ジャパン、鈴木雅明指揮、ヘンデル:メサイア。

12/27 東京オペラシティコンサートホール、ゲルハルト・オピッツ・シューベルト・リサイタル、ピアノソナタ3番(正規とされる1・2楽章のみ、D459)、ピアノソナタ18番(D894)、即興曲集D935、三つのピアノ曲D946から第一曲。

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映画・アート性のあるのについてごくすこーし

今年はアート的な映画を見ることがとても少なくて、かろうじて以下くらいかなあ。

「ニーチェの馬」
エンターテインメント性というのは皆無なのだが、これほど注視しつづけた芸術映画はなかなかなかった。
何が起こっているのかもわからない。よい結末が待っているわけでもない。ほとんどが単調な日常の繰り返し、なのに飽きない。その繰り返される日常が、それぞれもうこれ限りかも知れないと思わせるからだ。
よくできた純文学を読んだときに近い印象かな。同じような作りでも飽きてしまうものは多い。

「ハッブル」
ドキュメンタリーだからアートではないが、これもエンターテインメント性がないのにとても興味深く、惹きつけられる。なおこれは3D映画だった。見るならぜひ3Dで見たい。ストーリーのある映画の場合、ストーリーに心が向き始めると、3D画像であろうがなかろうがどうでもよくなることが多い。私は多くのストーリー映画をわざわざ3Dにする必要を感じない。
それに対し、この静的な、そしてときに崇高な映像がゆっくりと展開するところを立体視することは大変に貴重な経験になる。

「マンク 破戒僧」
これは以前、ここに記した。原作のいわば猟奇的な面を強調せず、とはいえ残酷な部分は変更せず、そのままで魂の悲劇と読み替えたところは本当に名作だと思う。

「アイアン・スカイ」
これも以前少し記した。本来ならこれはばりばりのエンターテインメントと分類されるはずだが、その質が著しくハリウッド的エンターテインメントと異なるのと、そこに満載の否定的な批判の強さで、笑いながらもなんだか苦しくなる。そこはやはり現代のアートの特徴ではないか。ただ「風刺」とは言いたくないんだなあ。そのなんか教養人的・新聞的口調が嫌で。そんな乙に構えたものじゃなくてさ、中指立てですよ。
これもある種の純文学にある形のような気もする。とはいえ、娯楽作品なのには違いないのだが。

「狼たちの午後」
過去の名作。これも本来はアートという方向性ではないが、脚本のとてもよい芝居を見る感じ。当初の予定の狂いがこんなことに、という展開が、あーあ、とともに、細かい部分の印象を深める。あーあ。

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遂に判明した衝撃の事実

病気というわけでもなく、何の理由もないはずなのに、12/21は一日中眠くて何もできず、ずっと寝ていた。
起きてみると12/22になっているではないか。
ここしばらく今年の12/21に世界は終わるという話が囁かれていたわけだが、すると世界は終わっていなかったことになる。
そして、このとき、21日に眠かった理由がわかったのだ。
私は、この日、仲間たちとともに、夢の中で懸命に世界の終末を食い止めていたのである。
そして私たちは、遂に、世界が終わることを防いだ。
その過酷な営為のため、私は12/21にあれほどに眠かったのである。
話を聞けば、佐藤弓生も12/21には眠くて仕方がなかったというではないか。
やはり世界を救っていたのである。
他にも、12/21に眠かった人は、本人も気づいていないかも知れないが夢の中で終末と戦っていたに違いない。
だがよかった。私たちの勝利だった。世界はこれで存続する。
あの日、眠かったみんな! 俺たちはやったぞ! 

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映画から

今年見た映画。

「バイオハザート3」
「ALWAYS 三丁目の夕日64
「ハッブル」
「ベルセルク 覇王の卵」
「ベルセルク ドルドレイ攻略」
「はやぶさ 遥かなる帰還
「ニーチェの馬」
「ドラゴン・タトゥーの女」
「ロボジー」
「となり町戦争」
「犬神家の一族」
「悪魔の手毬唄」
「獄門島」
「眼下の敵」
「修羅雪姫」
「電車男」
「ヒューゴの不思議な発明」
「僕達急行 A列車で行こう」
「シャーロック・ホームズ」
「シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム」
「マンク 破戒僧」
「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(やっと)
「テルマエ・ロマエ」
「ダークシャドウ」
「あしたのジョー」(アニメ劇場版)
「アメイジング・スパイダーマン」
「奇談」
「ダークナイト・ライジング」
「アナザー」
「ハリー・ポッターと賢者の石」(再度)
「ハリー・ボッターと秘密の部屋」
「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」
「ヘルタースケルター」
「るろうに剣心」
「プロメテウス」
「ロード・オブ・ザ・リングス 二つの塔」(再度)
「ロード・オブ・ザ・リングス 王の帰還」(再度)
「レッド・ドラゴン」
「アウトレイジ」
「アウトレイジ ビヨンド」
「キル・ビル2」(再度)
「プラネット・ホラー・イン・グラインドハウス」(再度)
「魔法少女 まどか☆マギカ 前編」
「魔法少女 まどか☆マギカ 後編」
「逃亡者」
「半落ち」
「ペイルライダー」
「アイアン・スカイ」
「スパイダーマン」(サム・ライミ監督版)
「美女と液体人間」
「妖星ゴラス」
「ショーシャンクの空に」(再度)
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版Q」+「巨神兵東京に現る」
「Disney'sクリスマス・キャロル」
「狼たちの午後」
「アルゴ」
「カラスの親指」
「怪談」(再度)

主な感想は明日以後にでも。

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京極夏彦『眩談』

京極さんの『 談』シリーズはどれも最高なのだが、今回の『眩談』には、とりわけなんというのか、「癒された」?
いや世に考えられる癒しのような内容では全然ないのです。
あああーこんななっちゃったあ、みたいな話をしんしんと語ってくれる、ひとつひとつの語りがああ読んでよかった、このままいい結末なんかあるわけないが、この言葉を読んでいたい、という意味なのだが。

かつて小学生の頃、私はひどく適応しにくい環境にいて、その頃、江戸川乱歩の大人向け探偵小説の懐かしい語りに没頭していた。
分かりやすく言えば小説に逃避していたわけですね。
だがそれは必要な経験だったと思うのだ。逃避上等じゃないか。
いや、というより、今の私に言わせると、それはこの世界が自分の生身の接する部分だけでない、決して自分の体験する限られた世界だけでは、この世はないのだ、と教えてくれる、まだまだこの世界、捨てたものじゃないぜ、と感じさせてくれる、喜びに満ちた体験なのである。
少なくとも自殺するよりましじゃない?
だから本は読めよってことですが、それはともかく。

まるでその理由となるようなことを何もしてはいないのに、たまたまここしばらくなかなかシビアな件がいくつか降りかかってきて、数年来なかったくらい残念な状態であったのだが、そしてそれもしばらく待てばなんとかなるだろうことは予想できるのだが、その日その日を持ちこたえるのがなかなか大変であった。そんなときに読んだ『眩談』はかつての乱歩くらい効いた、ってことであります。
もちろんこういった読者側の事情なんかに関係なく、『 談』シリーズはよいものだが、にしても、それを読むことでどうにか日々を耐ええるというような本ってそうなかなかないと思うと感じたのが今回で。
好みや志向にもよる。
少なくとも私はこの陰気で救いもなく解決も乏しいが語りのよさの突出した『眩談』に救われたような気さえする。これを電車内で読みながら、降りるべき駅を乗り越してしまうことが二度もあった。
こんな経験はここ二十何年もなかったことで、没頭の度合いが知れるのであった。
ありがとう京極さん。

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お友達ありがとう/チャーミングな作家のこと

近辺のやや納得ゆかない件について自分だけなのか、友人の作家・評論家たちに問い合わせてみたところ、理由があってすぐ対応できない人以外は全員、すぐ回答をくれた。
ありがとう!

人にいだく印象というのは言語的に説明できない部分が大きいのかも知れず、では自分はどこをもって他者のイメージをいだいているのか、考え出すときりがない。
チャーミングって何か。
歌人・作家の雪舟えまさんは昔からチャーミングだなと思っていたが、最近、超短編のタカスギシンタロさんもなかなかだなと思った。
ただそれは生身だけでなくて、彼らの表現した文物とセットになっていて、でも、作家によっては作品最高・人間最低、という場合も少なくない。
作品の魅力とどこか通底しているようだが直接同じではない、しかし、作品から感じられる素敵な何かを裏切っていない、という作家が私にはチャーミング、と感じられる。

なお、
雪舟えまさんの小説の新刊『タラチネ・ドリーム・マイン』これ → 
雪舟えま歌集『たんぽるぽる』はここの中から → 

タカスギシンタロさんの率いる『超短編の世界』(現在三冊)はこれ → 

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失敗できる知恵

手探りって大事だと思うんだなあ。
遠くまで見通す視点からの意見って、有効だったことが自分の場合あまりないような気もするし。
失敗が何かを始めさせることもあるし。
なんでも見通して見切ってしまう能力より失敗できる知恵ってとこですか。

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正しいが間違っていること

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ブルックナーに関しての記憶

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映画「風とともに去りぬ」で

これは優れた映画だが、そこは別にして、中で、スカーレットの妹が「お姉さんは自分ばっかり何回も結婚して、ずるいわ、わたしなんか売れ残りよ」と言って泣くところがあったと思う。
スカーレットの派手な行状を描きつくすのがきっとエンターテインメントであり大衆文学なのだなあ。
そしてその影でみすぼらしく惨めに泣く誰からも振り返られない「売れ残り」の妹たちの、単なる惨めさだけでなく、実は全く世には知られないままである何かに注目するのが純文学、てとこですか。
それは世間から見れば惨めで無様かも知れないが、しかし、人の意識、人の心とはそれだけではなく、よいか悪いか美しいか醜いかは判断できないものの、どんな場どんな人にも注目に値する何かがあるはずなのだ。その見極めが全然できない人は大衆文学の作者にも実は向かないと思うものであった。
アメリカ南部の明暗と言えばやはりフォークナーを思い出すが、とりわけ「エミリーに薔薇を」(というような意味合いの題名で各種訳あり)とか。スカーレットの妹たちの世界を描いたものだ。作者の言葉というのは鑑賞の妨げになりやすいが、これについては、フォークナーの「エミリーをかわいそうだと思う」という言葉が、ただ気味の悪い話、とだけ読むことを妨げていてよいと思う。恐くて深い話である。

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