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岸本佐知子 編訳 『楽しい夜』 (講談社刊)について

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岸本佐知子 編訳 『楽しい夜』 (講談社刊)

 これすごくいい本です。小説にはこんな書き方、こんな展開もありなのだ、という心強さを得た。文学は無限である。あ、ここ学びたい、と何度も思った。読みやすい訳文のせいもあって、次を次を続けて、とうとう一晩で読み終えてしまったので文字通り「楽しい夜」でした。

 以下、各作品ごとにちょっとした紹介と感想。

(1) マリー=ヘレン・ベルティーノ「ノース・オブ」

 いきなりボブ・ディランを連れてくる妹。このボブ・ディランが限りなく怪しいのだが、確かにそうらしい。こういう奇妙な書き方を是非学びたい。兄妹との感謝祭を楽しくしようとする母のしくじりと謝罪が胸に痛い。
 江戸川乱歩がよく「奇妙な味の小説」というのを称揚していたが、これなんかもそれだ。乱歩の示すのは主にミステリだが、こちらは純文系「奇妙な味」か。ただその奇妙な造りとともに、地方都市での残念さや家族のつらい心向きが思われて印象深い。

(2) ルシア・ベルリン「火事」

 緊急事態の妹に会いに行くとそこで更なる緊急事態に。慌ただしく混乱した中かわされる、散らかり気味の会話もそれゆえ一層かけがえがない。人生はそうだ、こんなふうにいつも思わぬ緊急事態の中で懸命に語り合っているものなのではないか。

(3) ミランダ・ジュライ「ロイ・スパイヴァ」

 飛行機でたまたま隣り合った有名俳優。気が合うとわかった彼との、気遣いつつ徐々に親密となる会話がとてもうまい。その人生最高の一瞬は後に彼女のいわば護符となるが…でも、ああ、そうだよなあ、のラスト。やはりうまい。
 ミランダ・ジュライは、若干トホホな細部をも含みつつ「生き生きしていた一瞬」を語るのがとてもうまいと思う。それは必ず過ぎ去ってしまうものだが、記憶はこうした要素によって常に賦活される。

(4) ジョージ・ソーンダーズ「赤いリボン」

 悪質な伝染病に感染した犬に幼い娘を殺された父と母。母はあらゆる動物を殺せ人間も殺せと言う。その心は痛いほど伝わるが、現実的処理問題となると途端にファナティックな自警団的組織を育てる厭な動きの現出する苦み。

(5) アリッサ・ナッティング「アリの巣」

 すべての人が身体に生物を寄生させねばならない世界。ヒロインは骨にアリを飼うことにするが…途中からホラー風事態となりそうだがムードが違い、ある仕掛けが明らかとなり…ラストは至福な感じもあるがちょっと気持ち悪いような。
 これ実は以前、乱歩賞最終候補になった「人外領域」の中にある発想とちょっと似てる。といっても自作は公刊されてないからこれはレビューではなくただの私的感懐ですが。

(6) アリッサ・ナッティング「亡骸スモーカー」

 死体の(生体でも)髪を煙草のように吸うとその人の記憶も吸える青年に髪を吸ってもらう女性。ここにも自己遺棄と自他の融合のような発想があって、この作者にはどこか親近感を覚える。この作はリテラリーゴシックでもある。

(7) ブレット・ロット「家族」

 夫婦喧嘩をしかかる二人、だが子供たちがいないことに気づき、懸命に探すと見つかったことは見つかったのだが…これも大変な奇想小説だが、ただそこに展開する家族間のすれ違いと拒絶にはリアルな感触がある。最後のもう一ひねりも面白い。

(8) ジェームズ・ソルター「楽しい夜」

 一人称の小説は実はとても難しいが成功のさせ方はある程度わかるように思う。だが三人称の小説の水際立ったうまさというのはなかなか思い描きにくい。この小説はその、三人称という方式を最もシャープに用いた成功例と言える。

(9) デイヴ・エガーズ「テオ」

 進撃しない巨人の話。事故的に人は少し死ぬが。美男美女の巨人と、そうでないもう一人テオ。物語は原初的な三角関係だが、はみ出しているテオが内省的なので争いにはならない。だが悲しい。どうする。非モテの行く末に救いはあるか。

(10)  エレン・クレイジャズ「三角形」

 男性同性愛者の学者カップルの片方がちょっとしたいさかいの埋め合わせにと買ってきたものは…どことなく「異色作家短篇集」の中にあってもおかしくない展開だが、遊び心的なところはなく、より苦く重い。私たちはもっともっと歴史を知ろう。

(11) ラモーナ・オースベル「安全航海」

 たくさんの祖母たちを乗せておだやかな海を船はどこまでもゆく。ときおり思いもよらない出来事をはさみながら、世の果てまで続く安全航海。ここに漂うある種のファンタスティックな漫画のような懐かしい穏やかさが好きだ。

 以上のようにどれも何かが心に残る短篇で、さすがに岸本さんが選んだフェヴァリットだけありますね。多くがストレンジな展開だが、アイデア先行のストーリーと思えるものはなく、その奇妙さは人の生の不可解さの感触をより具体的に伝えるためにあると感じられた。推薦します。

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