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高原英理 『不機嫌な姫とブルックナー団』 について(その3)

今回の『不機嫌な姫とブルックナー団』は私のこれまでの作風からすると新機軸というべきもので、以前のゴス/ホラーの線とは異なります。
なお私にはアンソロジー『ファイン/キュート』に代表されるような方向もあり、そちらは『うさと私』として近く増補再刊します(書肆侃侃房・9/1刊行予定)。
『不機嫌な姫…』はそのどちらでもない。

これまでも別の方向性を持つ作品はいくつもあった。
きのこ世界小説『日々のきのこ』、鉱物世界小説『青色夢硝子』『クリスタリジーレナー』、散歩小説『遍歩する二人』、詩論小説『ポエティック・クラッシュ』、記憶の不思議小説『記憶の暮方』等。
だがどれも一冊になっていないので、既に刊行された『闇の司』(秋里光彦の名による)、『神野悪五郎只今退散仕る』、『抒情的恐怖群』だけで判断されざるをえなかった。
ラブ&ピースの『うさと私』もあったけれども、少部数ですぐ品切れ、その後は私家版の状態が続いた。
あとは評論・エッセイが六冊。こちらも私の重要な、そして自負している仕事だが、今の気持ちは小説の方に向いている。

ところで、この『不機嫌な姫とブルックナー団』は30代女性が語り手・主人公ですが、作者の性別と違うではないかといった、そういうことはどうか一旦考えずに読んでいただきたいと思うのです。複数のチェックを経ているので、そのくらいの女性の思考発言として不自然すぎるところはほぼないでしょう。まずは主人公の女性の性格や行動をそれとして読んでいただけると幸いです。
『不機嫌な姫とブルックナー団』では、男たちの好みやすいブルックナーの交響曲に入れ込むおたく男子たちの言動を、より相対化して見るために、視点の人物が若すぎず老いすぎてもいない都市生活者の女性であることが重要なので、そういうところで女性の語りである必然性があると考えます。

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